Category: Program Note

「七つの大罪」Vol.2 欲望編プログラムノート其の1

【一瞬の肉欲とその代償】

F. シューベルト:即興曲Op.90-1

体の異変に気付いた時、まさかという嫌な予感はあった。震える手でメガネを取ると、フランツは自分の顔を鏡に映してまじまじと見た。金壺眼(まなこ)に、赤い唇、肉ののった短い顎。青白い皮膚にはうっすらと赤い発疹が散っていた。

まさか。

エステルハージ伯爵のハンガリーの避暑地での出来事が思い出され、心臓を錐で突かれたような衝撃を受けて、思わず洗面台で体を支えた。

1818年の夏。うっそりとした庭園の緑。小間使いのエルザ。流し目と口元の酷薄な笑み。白い手に誘(いざな)われた自分の無骨な手。解かれたタイと脱がされた白いシャツ。30女の熟した肌。ギシギシ嫌な音をたてる彼女の部屋の粗末な寝台。

ああ、何がどうしてあんなことになってしまったのか。エステルハージ家の気品溢れる令嬢達のピアノ教師という堅い立場を忘れ、なんという堕落・・・。 あの、爛れるような肉欲と快楽の一瞬に対して、支払わなければ鳴らない代償ががこれか。

人には明かせない病気。

特に父には言えない。あの、厳格で破廉恥を決して許さぬ父には。父フランツ・テオドール・シューベルトの第12子である自分が、まさかこのようなことになるとは。

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(父、フランツ・テオドール・シューベルト)

もう一度恐る恐る鏡に目をやると、今度は顔だけでなく頭部にも無数の赤い発疹を認め、フランツは蹲(うずくま)って顔を覆って嗚咽した。

以下、フランツの発病と病状を彼と彼の友人達の手紙や証言に基づいた年譜で追う。

1818年

エステルハージ伯爵の避暑地で令嬢にピアノを教える傍ら、小間使いと情事

「人には言えない」病気に感染

1822年終わり

明らかな体調不良

1823年

2月28日、「健康状態が外を出ることを許さないから訪問できない」

5月、ウィーンの一般市民病院に入院 髪の毛が全部抜け落ちる

8月、「健康はまあまあ良好」「(しかし)僕がまた完全な健康体に戻れるかというと、それはほとんど信じられない」(ショーバーに宛てた手紙より)

11月初旬、 悪化

11月末、完全復活(本人談)

12月24日、「シューベルトはまた快方に向かっている。それほど遠くない時期に、また自分の髪で出歩くようになるだろう。なにしろ発疹が出来たために、丸坊主にしなくてはならなかったんだからね。今はなかなか良いカツラを被っているよ」(シュウィントからショーバーへ宛てた手紙より)

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(左:スターバリトン歌手フォーグル、右:シューベルト)

1824年

4月、重い再発
「僕は自分が世界中で最も不幸で最も惨めな人間だと感じている。健康がもはや2度と回復しない人間のおとを考えてみてほしい」

4月14日、「シューベルトはあまり具合がよくない。左腕に痛みがあるので、全くピアノが弾けない」(シュウィントからショーバーへに宛てた手紙より)

5月、エステルハージ伯爵避暑地にて、再びピアノ教師の職に就く

これより3年間、病気は小康状態を保つ

1827年

頭痛がし始め体調悪化。鬱状態もひどくなる
10月15日、「私は病気で、しかもどんな方の相手をするのも全く不可能なほど病気です」

1828年

11月12日、「ショーバー!僕は病気だ。11日間も飲むことも食べることも出来ずに、疲労でフラフラしながらベッドとソファの間を行ったり来たり繰り返している。何か口に入れてもすぐ吐いてしまう」

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死の床で朦朧としながらもフランツは祈った。生きたい、なんとしても。もっと曲を書かねば。シンフォニーのコーダ、金管楽器の輝かしいファンファーレが、叩きつけるような頭痛の中を鳴り響く。

生きたい 能(あた)う限り 生きたい

11月19日、フランツ・シューベルト死去(31歳)

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 (シューベルトの眼鏡)

「七つの大罪」Vol.2 欲望編  インフォ:http://www.erikomakimura.com/2014/12/七つの大罪vol-2「欲望編」%E3%80%80バレエ&ピアノ/

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七つの大罪Vol.2「欲望編」バレエ&ピアノ デュオパフォーマンス

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image☆Rodion Shchedrin: “Not Love Alone”and “A la Albeniz” (Vc.&P)
☆Franz Liszt: Totentanz or something else (P)
☆Pēteris Vasks: “The Book” (Vc.)
☆Samuel Barber: “Excursions” (P)
☆Alfred Schnittke: 2nd Movement from Sonate for Cello and Piano (Vc.&P)
☆Erik Satie: Gnossiennes (P)
☆Arvo Pärt”Fratres for Cello and Piano (Vc.&P)

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【コンサートパフォーマンス「七つの大罪」シリーズVol.2「欲望編」】

コンサートパフォーマンス「七つの大罪」シリーズVol.2「欲望編」は、針山愛美(バレエ)と、牧村英里子(ピアノ)による、デュオパフォーマンスです。Vol.1「憤怒編」 より1人増え、罪もまた1つ重ねることになります。

「欲望」の象徴である生き物は、サソリです。
サソリ座の特性 ー 内面に潜む激しい情熱、魔性、不可解、隠匿、本能的、幻想的な官能、偏執的な強いエネルギー・・・。サソリ座の歴史人物を見てみると、パブロ・ピカソ、マリー・アントワネット、フョードル・ドストエフスキー、オーギュスト・ロダン、ヴィヴィアン・リー、クレオパトラ(諸説あり)などで、先に挙げたサソリ座の特性をまさにそのまま体現した人生を歩んだ人ばかりです。

「七つの大罪」における欲望とは、元来肉体的な欲望のことを意味しています。しかし今回のパフォーマンスでは、もっと広義の解釈でとらえ、人間の様々な欲望に焦点を当てて、曲が進むごとにその欲を洗い流し、カタルシス(浄化)への道を皆様と共に歩んでいけたらと願っています。

それでは皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げております。

牧村英里子

【日時】

2015年4月19日(日)15時開演(14時30分開場)

【場所】

神戸朝日ホール(神戸朝日ビル4階)

【チケット】

4,000円(当日4,500円) 学生3,000円(当日3,500円)

イープラス: http://eplus.jp

またはメール: 77deadlysins77@gmail.com

【マネジメント・お問い合わせ】

KONTA.Inc :  www.konta.co.jp

【プログラム】
F. シューベルト: 即興曲 Op.90-1

S. バーバー: 遠足、Pas de deux、寝室での出来事

C. ドビュッシー: 喜びの島

M. デ ファリャ: オペラ「はかなき人生」より、スペイン舞曲

M. ガーヤン: お箸のヴァリエーション

E. サティ: グノシエンヌ第1, 2, 3番

C. サン=サーンス/ F. リスト: 死の舞踏

【共演アーティスト】
針山 愛美 (バレエ)
ボリショイバレエ学校に留学。首席で卒業。招聘を受け、モスクワ音楽劇場バレエ団に入団。その後、エッセンバレエ団(ドイツ)に入団、米国バレエインターナショナル、クリーブランド・サンホセバレエ団でプリンシパルとして活躍、ボストンバレエ団に入団。2004年、ウラジーミル・マラーホフ率いるベルリン国立バレエ団に入団。

2002年レニングラード国立バレエに招かれ『白鳥の湖』と『ジゼル』に主演。2003年サンクトペテルブルグ・アカデミー・バレエ団などに招かれ大成功を収める。同年、ウランウデ国立バレエ団で『白鳥の湖』と『ジゼル』に客演主演した際、大臣から表彰を受ける。
モスクワ国際バレエコンクールで特別賞、ニューヨーク国際バレエコンクールで銅メダル(日本人初)、パリインターナショナルコンクール銀メダリスト(金メダル無し)。
出身地吹田市で、2003年から国際交流大使に任命される。

2010年ペルミ、ウファなどロシア各地でガラ公演に参加。日本のガラでイリク・ムハメドフと共演。
2011年からベルリンフィル ハーモニー管弦楽団の音楽家とベルリンで共演。

2012年から世界の巨匠チェリスト、ダヴィド・ゲリンガスとデュオでバッハプラスをプロデュース共演。リトアニアでは首相出席の公演にて踊る。ロサンゼルスでホセ・カレーニョとガラ共演など多数。
2013年、ベルリン フィルハーモニー管弦楽団とバーデンバーデン音楽祭で共演、又、ベルリンフィルハーモニーホールでも共演。
ロシア、ヨーロッパ、日本各地でバレエコンクールの審査員として招かれている。
写真家としてドイツの新聞に掲載される他、2014年4月ラトビアのリガにてバレエの裏側と題し、個展を開催。

2014年には、マラーホフマスタークラス、マラーホフバリエーションレッスンなどDVDとCDをプロデュースする。
海外で活躍するバレリーナとして、 日本のテレビ番組「情熱大陸」で放送された他、ドイツベラでもドキュメント番組で放送される。
クラシックから新古典派へのレパートリーの広い範囲を持ち公演活動する傍ら、最近では後輩の指導、海外との架け橋になる活動を積極的に行っている。

 

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Millions of Thanks to:

Diana Lindhardt (both photos)

Taeko Kasama (graphic)

七つの大罪Vol.1「憤怒編」ピアノリサイタル 2014年7月19日(土)


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日時:2014年719日(土)開演:13:30 (開場:13:00)

場所:神戸文化ホール中ホール

アクセス等はコチラ:http://www.kobe-bunka.jp/hall/contents/access/

入場料:前売り3,000円 (当日3,500円) 中学生以下2,000円(当日2,500円)全席自由

チケットお問合せは、神戸文化ホールプレイガイド(078-351-3349)または、メール:77deadlysins77@gmail.com (牧村英里子)まで。

マネジメント:KONTA Inc. (0797-23-5996)

【プログラム】

Lera Auerbach from Prelude for Piano
Annie Gofield: Blooklyn October 4,1941
Manuel de Falla: Fantasia Baetica
Sergei Prokofiev:: The Dance of the Knights
Charles Ives: Variations on “America”
Frederic Chopin: Nocturne No.  flat Major, Waltz No.
Federic Rzewski: Winnsboro Cotton Mill Blues
七つの大罪シリーズVol.1「憤怒編」はピアノソロリサイタル。「憤怒」に比肩する動物は「ユニコーン、ドラゴン、狼」で、私はポスターの写真では狼の毛皮を纏(まと)っている。今回弾く七作曲家の作品の間と間を、グレゴリオ聖歌のひとつ、「Dies Irae 怒りの日」で繋いでゆく。あたかもプロムナードの役割を果たすように。曲間に演奏される、様々にアレンジされた七回の「Dies Irae 怒りの日」を楽しまれたい。
怒りにもさまざまな種類がある。噴火するような怒りもあえば、諦念を含んだやるせない怒り、復讐を誓った怒り、侮辱された時の怒り、恋を燃え立たせるための嫉妬の怒り、微笑みに擬せられた裏の憤怒。
中世の吟遊詩人、トルバドゥールになった気で、愛や悲しみや裏切り、時には法悦から引き起された「憤怒」の物語を紡いでみようと思う。
Lera Auerbach from Prelude for Piano
彼女の恍惚状態はその後小半刻を過ぎても一向に止むことなく、次第に心配になり始める。
「大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。もう暫くそっとしておいて」
「でも・・・あまりに長く続くから」
「そのうち神託が降りるかもよ、シビラのように」
「・・・シビラ?」
「知らないの?巫女シビラを。恍惚状態で神託を伝えた古代の巫女よ。ああ、私にはユダヤの血が濃く流れているの」
「・・・」
「貴方には必ず裁きの斧が振り下ろされる日が来るわ。私をこんなに堕落させて。貴方の「Dies Irae」をいまかいまかと待っているのよ、私」
そう言うと、彼女は横たわったまま震えるような細いソプラノで歌い始めた。
怒りの日、その日は
ダビデとシビラの預言どおり
世界が灰燼に帰す日です
審判者が現れて
すべてが厳しく裁かれる時
その恐ろしさはどれほどでしょうか
・・・彼女はいつか必ず私を殺す。考え得る最も残忍な方法で。
Annie Gofield: Blooklyn October 4,1941
Manuel de Falla: Fantasia Baetica
1939年、アルハンブラ宮殿近くに住まうファリャは、震える手で最後の音符を五線紙に書き入れた。ペンが床に落ち、インク壺のふたが乱暴に閉じられる。
半分ほど空いた赤ワインのボトルをインクに汚れた手で引っ掴み、一気に残りの液体を瓶から喉に直接流し込んだ。手の震えはまだ止まない。 机に転がった幾つかの乾涸(ひから)びたイチジクを口に運びながら、耐え難いほどの虚無感がひたひたと彼の足を這い登ってくるのを感じる。作品を仕上げた後はいつもこうだ。
親友の詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカがファシスト、フランコ率いるファランヘ党によって銃殺に処せられたのは、もう3年も前になるのか・・・。あの男の燦然と輝く才能。あの強烈な個性と至高の芸術性・・・。
“La vida breve.” 独りごちてみる。はかなき人生。若き日に書いたオペラの題名だ。当時まだ軽薄な青二才だったとはいえ、なんという名のオペラを書いてしまったのだろう。
18年もの長きに渡り、自分はグラナダで隠遁生活を続けた。去勢されたふりをしながら細々と生きながらえてしまった。 ロルカのように、華々しく芸術家として銃弾に倒れることもなく、何が「はかなき人生」だ。忌々しさから、床に痰を吐いた。
ちょび髭の独裁者が牛耳るスペインを捨てて、アルゼンチンへ亡命しよう・・・。決意を固めるとがたんと音を立てて椅子から立ち上がった。外套を羽織って帽子を被り、外へ出る。
今夜は理性が吹き飛ぶまで酒を飲まずにはおられない。

★Lera Auerbach: 24 Preludes for Piano

★Annie Gosfield: Brooklyn October 4, 1941

★Manuel de Falla: Fantasia Baetica

★Sergei Prokofiev: The Dance of the Knights

★Charles Ives: Variations on “America”

★Chopin: Nocturne No. 8 D flat Major, Waltz No.7 c sharp minor, Mazurka No.13 Op.17 no.4

★Federic Rzewski: Winnsboro Cotton Mill Blues

【「七つの大罪」シリーズVol.1 「憤怒編」について】

「七つの大罪」シリーズ~カタルシスへの旅 Vol.1「憤怒(ふんぬ)編」は私、牧村英里子によるピアノソロリサイタルです。

七つの大罪についてはコチラ→「七つの大罪」 ~カタルシスへの旅~

「憤怒」を象徴する動物は「ユニコーン、ドラゴン、狼」で、私はポスター用の写真撮影にはの毛皮を纏(まと)って挑みました。

「七つの大罪」シリーズは、毎回七作曲家を取り上げ、その作品と作品の間をグレゴリオ聖歌のひとつ、「Dies Irae 怒りの日」であたかもプロムナードの役割を果たすように繋いでゆきます。曲間に演奏される、様々にアレンジされた七回の「Dies Irae 怒りの日」をお楽しみ下さい。

怒りにもさまざまな種類があります。噴火するような怒りもあれば、諦念を含んだやるせない怒り、復讐に狂った怒り、侮辱された時の怒り、恋を燃え立たせる嫉妬から引き起こされた怒り、微笑みに隠された裏の憤怒。

中世の吟遊詩人、トルバドゥールになった気分で、愛や悲しみや裏切り、時には行き過ぎた法悦から引き起された「憤怒」の物語を紡いでみようと思います。

末尾になりましたが、このプロジェクトを推進するにあたり、獅子奮迅の働きをして下さった笠間妙子さんに、心よりお礼申し上げます。

牧村英里子

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(神戸新聞社様、リサイタル情報を掲載して下さいまして有難うございました。)

【プログラムノート】

★Lera Auerbach:  from24 Preludes for Piano

アウエルバッハ:24のプレリュードより

彼女の恍惚状態は、その後小半刻を経ても収まりを見せず、私は次第に心配になり始める。

「大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫よ。もう暫くそっとしておいて」

「でも・・・あまりに長く続くから」

「そのうち神託が降りるかもよ、シビラのように」
「・・・シビラ?」
「知らないの?古代の巫女シビラを。恍惚状態で神託を伝えた古代の巫女よ。ああ、私にはユダヤの血が濃く流れているの」
「・・・」
「貴方には必ず、裁きの斧が振り下ろされる日が来るわ。だって私をこんなに堕落させたんですもの。貴方の『Dies Irae』をいまかいまかと待っているのよ、私」

そう言うと、彼女は目をつぶったまま、震えるような細いソプラノで「Dies Irae」歌い始めた。

怒りの日、その日は

ダビデとシビラの預言どおり

世界が灰燼に帰す日です

審判者が現れて

すべてが厳しく裁かれる時

その恐ろしさはどれほどでしょうか

・・・彼女はいつか必ず私を殺す。考え得る最も残忍な方法で。

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(月満ちた夜の絞殺)

★Annie Gosfield: Brooklyn, October 5, 1941  for Piano, Baseballs, and Baseball Mitt (1997)

ゴスフィールド:ブルックリン、1941年10月5日

1941年10月5日、アメリカはブルックリン。野球のワールドシリーズ第4戦目の今日、ブルックリンのエベッツフィールド・スタジアムは嵐のような狂気に渦巻いていた。

ニューヨーク・ヤンキースvs. ブルックリン・ドジャース。過去3戦の成績はヤンキース2-ドジャース1で、ナショナルリーグは1920年以来21年ぶりの出場となるブルックリン・ドジャースにとって、今日の試合は絶対負けられない1戦なのだ。

8回裏までの結果は、ヤ3-ド4。地元ドジャースがリードしている。まだまだ油断はできないが、試合はこちらに有利に進んでいる。ブルックリン市民の熱狂的な応援にますます拍車がかかった。

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(The photo taken in 1940’s. )

9回表。ブルックリン・ドジャースの投手、ヒュー・ケイシーの放った球は、見事な放物線を描きながら名キャッチャー、ミッキー・オーウェンのグローヴに収まる筈であった。少なくともブルックリン市民全員が、そんなことは肉屋に行けば肉が買えるのと同じくらい当然のことと思っていた。

それなのに。

悪夢が起こった。

ニューヨーク・ヤンキースはその回に4点を加点し、呆然としたブルックリン・ドジャースが9回裏に1点も入れられぬまま試合は終了。

スタジアムでは、失望に取って代わられたブルックリン市民の憤怒が爆発した。ヤンキースファンとの間に取っ組み合いの喧嘩が始まり、あちこちで血しぶきが噴いた。

ブルックリン市民の怒りはひとえにこれから弾くこの一曲に凝縮されている。

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(ピアノ、ミット、私)

★Manuel de Falla: Fantasia Baetica (1919)

デ・ファリャ:アンダルシア(ベティカ)幻想曲


ファリャがアンダルシア幻想曲を書いてちょうど20年後の1939年。アルハンブラ宮殿近くに住まう彼は、震える手で最後の音符を五線紙に書き入れた。ペンが床に落ち、インク壺のふたが乱暴に閉じられる。

手の震えが止まらない。 机に転がった幾つかの乾涸(ひから)びたイチジクを口に運びながら、耐え難いほどの虚無感がひたひたと彼の足を這い登ってくるのを感じる。作品を仕上げた後はいつもこうだ。

詩人の親友、フェデリコ・ガルシア・ロルカがファシスト、フランコ率いるファランヘ党によって銃殺に処せられたのは、もう3年も前になるのか。あの男の燦然と輝く才能。あの強烈な個性と至高の芸術性・・・。

“La vida breve.” 独りごちてみる。はかなき人生。若き日に自分が書いたオペラの題名だ。作品はパリの観客の間に熱狂を巻き起こし、彼は一躍時の人となった。

だが。

当時まだ軽薄な青二才だったとはいえ、なんという名のオペラを書いてしまったのだろう。“La vida breve.” はかなき人生。

18年もの長きに渡り、自分はグラナダで隠遁生活を続けた。去勢されたふりをしながら細々と生きながらえてしまった。 ロルカのように、華々しく芸術家として銃弾に倒れることもなく、何が「はかなき人生」だ。忌々しさから、床に痰を吐いた。

チョビ髭の独裁者が牛耳るスペインを捨てて、アルゼンチンへ亡命しよう・・・。決意を固めるとがたんと音を立てて椅子から立ち上がった。外套を羽織って帽子を被り、外へ出る。

敬虔深いファリャは、教会に向かって歩を早める。彼の生誕地で現在も居を構えるアンダルシアは、古代ローマ時代にはラテン名で「ベティカ」と呼ばれた。フラメンコを生んだ、明るい陽光のさんざめく、誇り高きアンダルシア。まるで、詩人ロルカそのもののような。

この美しい地の静謐(せいひつ)を軍靴で踏みにじったチョビ髭フランコに対する、目の眩むような憤(いきどお)りを沈めるため、教会で祈る。声が枯れ尽きるまで。

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(独裁者、フランシスコ・フランコ。独裁者はチョビ髭を好むようだ)


★Sergei Prokofiev: The Dance of the Knights

プロコフィエフ:騎士の踊り

セルゲイのことを、妻である私をKGB(秘密警察)に「売って」自らの潔白を証明したと批評して、軽蔑の目を向ける人も少なくない。

・・・本当にそうだったのかしら。

1941年3月15日、セルゲイはトランクを1つ提げて家を出ると、再び帰ってくることはなかった。セルゲイと24歳年下のミーラ・メンデリソンとの愛の前に、私と息子2人はなす術もなかった。3ヵ月後、ドイツ軍がソビエトに侵攻。セルゲイとミーラは国家の庇護下にあって、いち早く安全な場所に疎開したわ。私と息子たちは4年間、モスクワで空襲に怯えながら肩を寄せ合って暮らした。

終戦まで生き延びることができて、運がよかったわ。だけど、悪夢は終わらなかった。1947年、セルゲイは私との離婚を裁判所に申請。裁判所は、彼と私の結婚はそもそも無効であると裁決。私たちはアメリカで出会い、そこで結婚したので、国外で提出された婚姻届はソビエト国内ではなんの効力も発揮しないとのこと。

結婚「していなかった」セルゲイにはもちろん「離婚」届は不要で、翌年1948年、彼はさっさとミーラと結婚。

そして2月20日。

郵便配達の電話でアパートの下に降りたところ、私は身柄を拘束され、連行された。行き先は、スターリン秘密警察(KGB)本部だった。

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(若い頃のスターリン。見事な七三ね)

私の容疑はスパイ工作。セルゲイとともに西側諸国を演奏旅行で回っている時に、西側の高官と接触して、国家の重要事項を漏洩した疑いがかけられ、結果は有罪。私は強制収容所での重労働20年の刑を宣告された。

北緯66度に位置する収容所に送られ、そこで地獄を見た。蛇足ですけれど、北極圏の限界線となる北緯66度33分線を北極線というのよ。ラーゲリはまさにその線上にあった。だけど、私は死ななかった。1956年にようやく釈放されるまで、生き延びたわ。

収容所で寒さに凍えながら労働に従事している時、セルゲイの音楽の断片がパラフレーズとなって、いつも頭の中で鳴っていた。あの豊かな叙情のメロディー。ロシア人特有のメランコリー。シンデレラ、ピアノ協奏曲、ロミオとジュリエット・・・。

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(セーラー服のまだあどけなさ残るセルゲイ。彼はチェスをこよなく愛した)

そう、1936年に初演されたバレエ「ロミオとジュリエット」だけど、完成1年前の段階ではハッピーエンドになるよう筋書きしていたのよ、セルゲイは!私は笑ってしまった。空前絶後の文学の神であるシェイクスピアの最も人気作品の結末だって、彼は平気で変えてしまう人なの。その理由というのが、バレエの振付において、生きている人は踊ることができるが死者は踊れない、といういかにも彼らしいものだったわ。

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(時を経てなおチェスを愛するセルゲイ。お頭はちょっと寂しくなられたわね)

セルゲイは、1953年3月5日に死んだ。

彼の人生における最大の皮肉は、彼があれだけ恐れたソ連の独裁者スターリンが、彼と同年同月同日に死んだことね。

ミーラだってとっくの昔に死んだ。
彼のことを怒っているかですって?とんでもないわ。何故そんな馬鹿なことを聞くの?彼は死んで、私は生きているのよ。これほどの勝利があって?

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(Lina Prokofiev)

★Charles Ives: Variations on “America”  (1891)

アイヴス:アメリカ変奏曲

私はかなりのうっかり者である。友人宅を訪れて、さてお暇(いとま)して駅に向かっていると、「英里子さーん、靴を履き忘れていますよー」と、先ほどの友人が息せき切って追ってくることが何度かあるほど、うっかりしている。

なので、アイヴスの「アメリカ変奏曲」の楽譜が届き、主題をパラパラと弾いている時、「あら?これってイギリス国歌の『God Save the Queen』じゃないかしら?またいつものうっかりで、アメリカのつもりがイギリス変奏曲を買ってしまった」くらいにしか思っていなかった。

ところが、(珍しく)私は間違っていなかった。グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国、通称イギリスの国歌、「God Save the Queen」を主題としたアイヴスのこの曲は、正真正銘「アメリカ変奏曲」と名づけられているのだ。

アメリカ国歌「星条旗」の由来をたどると、1812年~14年の米英戦争まで遡(さかのぼ)る。捕虜となった友人の釈放交渉のため、イギリスの軍艦に出向いた詩人で弁護士のフランシス・スコット・キーは、夜間砲撃後の夜明けの曙光の中で、味方の砦の上に星条旗が翻(ひるがえ)るのを目にする。

激しい砲撃にも関わらず、砦が死守された事に感銘を受けたキーは、その思いを高らかに謳い上げた詩を創作した。この詩はさらに、当時人気のあった酒飲み歌「天国のアナクレオンへ」のメロディに合わせてアレンジされていった。

そして1931年3月3日、キー作詞の「星条旗」がアメリカ合衆国の国歌として正式に採用された。

つまり、アイヴスの「アメリカ変奏曲」が作曲されたのは1891年当時は、あれだけ死闘を繰り広げた憎きイギリスの国歌を、ためらいもなく「アメリカ変奏曲」の主題に用いたほど、アメリカ国歌はまだあいまいな状態だったようだ。

アイヴズは、存命中は大して相手にされなかったが、現代においては大変な人気作曲家である。そんな今、このイギリス国歌の主題による「アメリカ変奏曲」は、本国アメリカでは、彼らが愛する「ブラックユーモア」として愛聴されているのだろうか。熱烈な愛国者たちは、行き過ぎた冗談として、この曲が流れるとこめかみの辺りにうっすらと怒りの静脈を浮き立たせるのかもしれない。

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(America! この曲を弾くときの足元はもちろん英国ユニオンジャックのハイヒール)

参照:

The DoorsのクールなGod Save the Queen(27’55”):https://www.youtube.com/watch?v=gB37g7al-F4

Jimmi Hendrixの感動的なギターソロ、The tar pangled Banner :https://www.youtube.com/watch?v=sjzZh6-h9fM


★Frederic Chopin: Mazuruka Op.17 no.4, 他

ショパン:マズルカ 他

ショパンの秘められた憤りについて、怒りについて書こうと、来る日も来る日も呻吟し続けたが、私はついに筆を放り出した。

フランス王の愛妾たちが一斉に宝石箱の中身を撒き散らしたかのように、燦然と煌くような筆致が冴え渡る平野啓一郎氏の著、「葬送」を読んでしまった後に、ショパンについて書ける勇気など私にはない。

この本は、当時の留学先ベルリンに父が送ってくれた。私は貪(むさぼ)るように読み、鬼才とはこういう作家のことを言うのかと唸った。ショパンがピアノを弾く瞬間を捉(とら)える描写はいささか流麗に過ぎるほどで、もはや彼の曲そのものを聴くより饒舌であり、ショパンを弾くことから私を一時的に遠のかせたほどだ。

是非、ご一読ください。

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(平野啓一郎氏著、「葬送」)

★Federic Rzewski: Winnsboro Cotton Mill Blues

ジェフスキ:ウィンスボロ綿工場のブルース

フレデリック・ジェフスキーはマルクス主義の政治色濃い作曲家だ。彼のよく知られた作品には、「不屈の民」変奏曲(政治闘争歌 による36の変奏曲)、The Price of Oil (石油価格)、Coming Together( 1971年のアッティカ刑務所暴動の際の、同刑務所服役囚からの手紙に曲付け)、そして今日弾く「ウィンスボロ綿工場のブルース」が入った曲集「ノースアメリカンバラード」など、体制への批判と皮肉、労働者や社会的弱者の側に立つ作品が多い。

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(ある綿工場の家族)

ジェフスキーの「ウィンスボロ綿工場のブルース」の曲の中間部に挿入されるブルースは、作者不詳。1930年代の歌で、歌詞は、ノース・キャロライナの織物工場の劣悪な労働状況を歌っている。

Old Man Sargent, sittin at desk,(老いぼれサージェントが、デスクにすわっている)

The damned old fool won’t give us a rest(このくそったれは、俺たちに休みをくれる気がない)

He’d take the nickels off a dead man’s eyes(やつは死人から小銭を奪った)

To buy Coca-Cola and Eskimo Pies(コカコーラとエスキモーパイを買うために)

I’ve got the blues, I’ve got the blues(ブルース、ブルース)

I’ve got the Winnsboro cotton mill Blues;(ウィンスボロ コットン ミル ブルース)

You know and I know, I ain’t got to tell,(おまえも俺も知っている、俺が教えるまでもない)

You work for Tom Watson, got to work like Hell.(おまえはトム・ワトソンのために働く、死ぬほど働かされるのさ)

When I die, don’t bury me at all,(俺が死んだら、土に埋めてくれるな)

Just hang me up on the spoon-room wall;(ただ、部屋の壁に吊るしてくれ)

Put a gaffer in my hand,(手に親方を握らせてくれ)

So I can spool in the Promised Land.(そうすりゃ、天国でも糸巻き作業ができるってもんだ)

I’ve got the blues, etc.(オー、ブルース)

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(Winnsboro Cotton Mill Blues)

・・・最後に、激しい怒りをどことなく瓢(ひょう)げたユーモアに昇華させて、七つの大罪Vol.1「憤怒(ふんぬ)編」は幕を下ろす。アンコールには、私がこの世で最もチャーミングだと思う曲を弾かせて頂きたいと思っています。

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Program Note for Duo Recital “Opera et Ballet” on 29.03.2014

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☆ダンツィ: 「『お手をどうぞ』の主題による変奏曲」(モーツァルト:オペラ「ドン・ジョバンニ」より)

ドン・ジョヴァンニは、絶望的に楽観主義な稀代の女たらしである。(ちなみにプレイボーイの代名詞「ドンファン」は「ドン・ジョヴァンニ」のスペイン語読み)。

イタリアでは640人、ドイツでは231人、フランスで100人、トルコで91人、スペインでは1003人の女性たちと甘美な夢を共にした。彼にとって女は、身分、髪色、肌色、体型問わずにみな愛の対象となった。かなりの年増女にも、「寝た女性カタログ」を長くするために手を出した。つまりはスカートさえ履いていればよかった。

2065人もの女性を愛するには、1日1人でも5年半以上、1日2人を相手しても約3年かかる。ドン・ジョヴァンニとは真に大した男である。 最終的には、今までの悪業が祟ってドン・ジョヴァンニは地獄へ引きずり落とされた。これを知った世の女性たちが快哉を上げる一方で、男性たちは一斉にため息をつくのが聞こえてくるようである。

【”La ci darem la mano(お手をどうぞ)”:http://www.youtube.com/watch?v=SJRZxSclj70

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☆パガニーニ: 「『汝の星をちりばめた王座に』による序奏、主題と変奏曲」(ロッシーニ:オペラ「エジプトのモーゼ」より)

この曲は、チェロのA線1弦のみを使って演奏される。残りの3弦はこの際全くのお飾りである。4本あるもののうち、1本しか使わない・・・。パガニーニ流デカダンスは自信と傲慢に満ちている。 チェリストの左手は、最初から最後までまるでプリマドンナ・バレリーナのようにA線上のみを大胆かつ繊細に踊り回る。視覚的にもお楽しみ頂きたい。

【”Dal tuo stellato soglio(汝の星をちりばめた王座に)”: http://www.youtube.com/watch?v=eFUK4koh0qk

☆サン・サーンス: 「あなたの声で心は開く」 (サン・サーンス:オペラ「サムソンとデリラ」より)

デリラは妖婦と言ってもよい。妖婦とは、愛よりも大事なもののために、あたかも愛しているかのように見せかけて男を惑わす、艶めかしく美しい女のことである。

妖婦と関わった男は必ず破滅の道を歩むようだ。サムソンも例外ではない。デリラの流す真珠色の涙に負けた結果、サムソンはあっけなく罠に落ち、両目を抉られ、牢に繋がれる。

【歌詞】
あなたの声に心は開く 夜明けの口づけに花が開くように
あぁ、私のいとしい人 私の涙が乾くように
もっと、あなたの声を聞かせて
ねぇ、私に言って
「デリラ ずっとそばにいておくれ」と
あぁ、私の優しい想いに応えて 私を酔わせて
私を誘って 陶酔の世界へと
サムソン サムソン 愛しているわ


・・・女はみな、妖婦なのだと思う。

【”Mon coeur s’ouvre a ta voix (あなたの声で心は開く):  http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=9piRiiZ0C4Q

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(Fernando Botero “Adam and Eve”)

☆プロコフィエフ:「騎士の踊り」(プロコフィエフ:バレエ「ロミオとジュリエット」より)

「ああ、ロミオ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」

ロミオもジュリエットも最も平凡な類の男女の典型である。
だからシェイクスピアは、両家を対立させて困難な状況をお膳立てして、彼らを非凡に仕立てあげようとした。せめて悲劇の体裁を整えたのである。

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(Quote by William Shakespeare)



☆ビゼー/ホロヴィッツ: 「カルメンの主題による変奏曲」(ビゼー:オペラ「カルメン」より)

本能のまま生きてたらあつという間に殺されてしまつた。悔しい。

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☆マスネ: 「タイスの瞑想曲」(マスネ:オペラ「タイス」より)

アレクサンドリアに住む古代エジプトの有名な遊女タイス。遊女でありながら、享楽的な人生に空しさを感じる、清濁両方持ち合わせたオペラの主人公にはうってつけな女性と言えるだろう。

この瞑想曲は、彼女が修道士アナタエルによって改悛するシーンで奏でられる。オペラの中の女は、懺悔し改悛したのち罪を許され天に召される。一方で、現実に生きる女は罪を悔いたふりをして、陰でぺろりと舌を出す。

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☆デ・ファリャ:「スペイン舞曲」&「火祭りの踊り」(デ・ファリャ:オペラ「はかなき人生」&バレエ「恋は魔術師」より」)

1939年、アルハンブラ宮殿近くに住まうファリャは、震える手で最後の音符を五線紙に書き入れた。ペンが床に落ち、インク壺のふたが乱暴に閉じられる。

半分ほど空いた赤ワインのボトルをインクに汚れた手で引っ掴み、一気に残りの液体を瓶から喉に直接流し込んだ。手の震えはまだ止まない。 机に転がった幾つかの乾涸(ひから)びたイチジクを口に運びながら、耐え難いほどの虚無感がひたひたと彼の足を這い登ってくるのを感じる。作品を仕上げた後はいつもこうだ。

親友の詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカがファシスト、フランコ率いるファランヘ党によって銃殺に処せられたのは、もう3年も前になるのか・・・。あの男の燦然と輝く才能。あの強烈な個性と至高の芸術性・・・。

“La vida breve.” 独りごちてみる。はかなき人生。若き日に書いたオペラの題名だ。当時まだ軽薄な青二才だったとはいえ、なんという名のオペラを書いてしまったのだろう。

18年もの長きに渡り、自分はグラナダで隠遁生活を続けた。去勢されたふりをしながら細々と生きながらえてしまった。 ロルカのように、華々しく芸術家として銃弾に倒れることもなく、何が「はかなき人生」だ。忌々しさから、床に痰を吐いた。

ちょび髭の独裁者が牛耳るスペインを捨てて、アルゼンチンへ亡命しよう・・・。決意を固めるとがたんと音を立てて椅子から立ち上がった。外套を羽織って帽子を被り、外へ出る。

今夜は理性が吹き飛ぶまで酒を飲まずにはおられない。

1797518_649215461792642_1217005023_n(de Falla’s bedroom)

☆ストラヴィンスキー: 「イタリア組曲」(ストラヴィンスキー:バレエ「プルチネッラ」より)

昨夜、ナポリのバルで安物のウィスキーを浴びるように飲み、安宿に帰る途中でのこと。

前を歩く女の脚線美を視界の端が捕らえた瞬間、ただでさえ酒毒に冒された理性は脆くもあっけなく瓦解した。
部屋に女を連れ込んで、ハイヒールを乱暴に脱がせ、ギシギシ嫌な音をたてる蚕(かいこ)棚のような寝台に押し倒す。

しかし、いくら酔っていたとはいえ、女の下着をはぎ取るまで、女が実は男であることに気づかなかったのは全くの迂闊であった。

しらじらと酔いが醒め、素裸のまま窓枠に腰掛けて月を見ながら煙草を吸っていると、件(くだん)の(女だと思っていた)男が寝台から起き上がる気配がした。

立ち上がって暫くじっとしているようだったが、やがて彼は静かに踊り始めた。青ざめた月光が照らす中、踊り続けるその姿には倒錯的な美しさがあり、思わず息を呑む。

まだこめかみの辺りにいじましく酔いが張りついているのかも知れぬ。

・・・映画『気狂(きぐる)いピエロ』の主人公の名前がどうしても思い出せない。

【”Pulcinella”: http://www.youtube.com/watch?v=nFNl6D75Jxo


pukcinella x picasso(プルチネッラ初演の様子。衣装。舞台ともパブロ・ピカソ担当)

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