【一日一ピアニスト】 リサイタルまでの日々⑪〜⑯

【一日一ピアニスト⑪-前編】

ツアーに出ておりました故、少々間が空いてしまいました【一日一ピアニスト】。無事帰国と相成りましたので、またつらつらと書き連ねて参りたいと思ひます。
渡欧の際はロストバゲージの難、そして帰路はコペンハーゲンからヘルシンキの便が大幅に遅れたため、予定していたヘルシンキ発日本行きの便に乗れなかったワタクシ。先ずは帰路の序章をジャーナル。

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(コペンハーゲンの空港にて)
エリ奴「フライトが遅れているのは仕方がないが、最新インフォが欲しい。ヘルシンキ発の日本行きは私たちを待ってくれるのか」


カウンターのお姉さん「分からないわ。遅れた乗客を置いて飛んだ方が、航空会社にとって安上がりだからね」


…..(*゚▽゚*)それ、言っちゃう?…..


(コペンからヘルシンキへ向かう機内にて)
エリ奴「…で、日本行きは待っててくれるの?」


キャビンアテンダント「分からないわ。ヘルシンキで聞いて。遅れた乗客はアナタだけではないのよ」


….. (*゚▽゚*)みんなで遅れたら怖くない…..


(ヘルシンキ空港にて)
エリ奴「…で、日本行きの便は今どこ?」
係の人「オー、Ms.マキムラ。これが貴女の新しい搭乗券です」


(*゚▽゚*)……..(*゚▽゚*)

北京行きっっっっっっっっっ!!!
・:*+.\(( °ω° ))/.:+・:*+.\(( °ω° ))/.:+

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エリ奴「(わなわなわなわなわなわなわなっ)ワタクシが向かう先は北京ではなくて、 OSAKA/JAPAN。ワレが買ったのは関空への直行便のチケットじゃろがっ。」・

係の人「🤷‍♀️」

エリ奴「しかも、北京から関空への搭乗券がないやろがっ。どうせぇっちゅうんじゃっ」


係の人「…. 北京に着いたら発券してもらって下さい」


エリ奴「あの空港の最強のシステム、知らんのけっ。その上、英語が通じんじゃろがっ。こんなややこしい状況をどう説明して、搭乗券のないまま出入国管理局二ヶ所+山のようなセキュリティを通り抜け出来るんじゃっ」


係の人「…….」


エリ奴「しっ、しっ、しかもっ(´༎ຶོρ༎ຶོ`)、北京→関空行きの便、オタクの航空会社と提携を結んでない会社やろがっ」


係の人「…….」


エリ奴「コペンで預けたスーツケースはどないなるの?」


係の人「……. 取りあえず、北京に行っちゃって下さい」


*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

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(Photo: Kamilla Bloch)

…..そんなわけでワタクシ、思いがけず、北京に飛ぶ羽目になった次第でございます。


後から思い起こせば、ここまでの経緯など、小学校の遠足ほどに明るく楽しく気軽で、スキップを踏みたくなるほど希望に満ち溢れものでした。しかもよくよく考えますと、こんなことは誰の身にもしょっちゅう起こることではありませんか。


長くなりましたので、⑪-中編にてその後の地獄について綴ります。そして、一聞音楽と全く関係の無さそうなこの旅行記が【一日一ピアニスト】になぜ記されるのかも、追々見えてくる、はず、で、ござります。

エリコ拝

【一日一ピアニスト⑪-中編】

ヘルシンキを出まして約7時間のフライト後、飛行機は北京に着陸致しました。


シートベルトを外すやワタクシは戦闘態勢に入りました。何しろ北京から関空への搭乗券を持たないまま、一旦中華人民共和国に入国しなければならないからです。


飛行機から降りてまず向かった先は、インフォメーションのやふな場所でございます。「グッドモーニング」と申しましただけで身構える受付嬢。。英語はほぼ通じなさそうですので、単刀直入に言います。


エリ奴「チケット、刷って」


受付嬢「我不知未購買搭乗券。不可能搭乗券之貴女嗚呼是印刷」


…みたいな返事が返ってきたやふに思います。
しきりにある方角を指差すので、仕方なくそちらへ行ってみました。


ガラ空きの入国レーンが一角にあり、審査官らしき男性が座っておりまして、パスポートを見せますと、


男「ボーディングパスッ」


と怒鳴ります。


エリザベス「搭乗券は航空会社のカウンターで印刷してもらうように指示が出ているんだけれ…」


と最後まで言わせず、


男「ノー・ボーディングパス・ノー・エントリーッ」


とこめかみの血管をブチ切りつつ、激しくワタクシを追い払うジェスチャー。エリコフスキーも即座に瞬間湯沸かし器へメタモルフォーゼ。


横にいた警備員のオネエサンに「ちょっとっ、この失礼なオッ◯ンに通訳してちょうだいっ」
と高圧的に出ましたが、コソコソ逃げられました。もう一人の係員も、中国語で返してくるのみ。


例の失礼極まりない男に今度は「まず話を聞きゃーっ」と腹の底から怒鳴ってみると、再び


男「ノー・ボーディングパス・ノー・エントリーッ」


男はこのセンテンスしか話さないらしいのです。


こんなことで怯んでいたら、ワタクシは日本に帰れません。


この場で必要なのはどうやら

・英語と中国語が出来るヒト

でさらに

・パワフルそうなヒト

のようでございます。

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広大な空港を見渡したところ、入国審査エリアの端に何となく華やかな一団が並んでいるのが遠目に見えました。そこは「関係者並びに外交官」の特別レーンでございました。


長旅を終えたばかりのどこぞの航空会社の機長、操縦士、キャビンアテンダントたちのご一行がやれやれといった感じで談笑されておりました。そこへやって来たのは、先ほどの失礼極まりない男の10倍量の血管をブチ切らせたエリ奴でございます。一瞬にしておしゃべりは止みました。


エリミャコフ「アタイ、中国に入国できんのよっ、搭乗券無いけっ」


グループの中の1人「えっ⁉︎ でも、ここは関係者と外交官のためのレーンだから、キミは僕たちと一緒には入国出来ないよ」


エリコフスカヤ「そんなことは百も承知じゃけっ」


ここから、ワタクシによるワタクシの状況説明会が延々と続き、いささか食傷気味の皆さん。


エリアラシ「とにかく、日本に帰らんならん。帰らしてー、アタイを帰してーーーー」
の絶叫が空港中にこだましたところで、機長らしき方が諦めたように力のない声で同僚たちに言いました。


機長「ちょっと行ってくる。バスのところで追いつくから…」


ワタクシはなんと地上で機長のハイジャックに成功してしまったのです。


今から思えば、私よりぐんと若く、非常に精悍な顔だちの機長さんでした。そして、フライト後で疲れておられるであろう彼を連れ回す、鬼のエリコフスカヤ。


機長とさんといっても全ての空港のルールを知悉されている訳ではございませんよね。本来は機内専門の方ですもの。


何人かにワタクシの状況を説明し、どこにワタクシを押しつけ… ではない、送り届けたらよいか、手立てを考えて下さいます。


機長「分かったよ!キミはターミナル2で次の便に乗り継ぐから、まずはみんなと同じように一般のレーンから入国スタンプをもらい、そこからターミナル2へ向かって。搭乗券が無くても絶対入国できるから!!」


… 「絶対」 言うたな…


この世に絶対など無いのよ、若き機長よ。貴方にも、遅かれ早かれそのことを知る日が来るわ…


と、エリコヴィッチは急にやさぐれた女賭博師の様相に豹変致しました。


それにしても、散々手こずらせたものです。彼を拘束してから随分時間が経ってしまいました。幾ら何でもここらで機長さんを解放して差し上げねばなりません。出来れば入国審査官に通訳して貰いたいところですが、物凄い行列が出来ていますから、エリコロ(殺)スカワでもそこまでお願いは致しません。


厚く御礼を申し上げ、ワタクシは列に並びました。ふと顔を上げると、何となく見覚えがある男性3人。もしかして、ヘルシンキの空港で見かけた、ワタクシと同じく関空行きに乗れなかったヨーロッパ人の乗客ではないでせふか?


あちらもワタクシを覚えていらしたらしく、「あっ」という顔になったところで声をかけてみました。


エリ怒プンプン丸「大阪に行くのよね?」


3人口々に「そうだよ。北京に着陸してからこの列に来るまで、あちこちたらい回しにされて凄く時間がかかってしまった」


エリプン丸「突然だけど、ワタシ、あなた達と大阪までファミリーになってもいい?」


3人「いいよー」


エリ丸「わーい」


という訳で、国籍は違えど、困った者同士が助け合う場面に巡り会えるのも旅の魅力の一つ。
しかしっ。EUパスポート所持の彼ら、なんとこの段階で24時間以内の中国滞在者(乗り継ぎも含む)に必要とされる「臨時入国ビザ(通称: 通過ビザ)」のスタンプを押してもらっているではありませんかっ。


あの若き機長は、「スタンプはいらない。このまま列に並んで」と確信に満ちた口調で言ったのに、私の寄せ集めファミリーは「よく分からないが、あそこへ行けと怒鳴られて行ってみたら、このハンコを押された」とのこと。


エリ怒プンプン蝉丸法師無搭乗券居士、一難去ってまた一難。この恐ろしい長蛇の列を離れて臨時入国ビザのハンコを貰いに行き、また行列に戻っていては、もう一生祖国に帰れません。
… あぁ、またもや音楽の「お」の字もない【一日一ピアニスト⑪-中編】。しかし、今度こそ、今度こそ後編にてワタクシが今まで知らなかった音楽との出会いのお話に、なる、は、ず…。

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(Photo: Kamilla Bloch)

【一日一ピアニスト⑪-後編】

さて、中国への入国審査まであともう一歩となりました。


ここで、ワタクシと急遽ファミリーになりましたジェントルマン3名について簡単にご説明申し上げたく存じます。


A氏+B氏: 在フェロー諸島(ノルウェー西海岸とアイスランドの間にぽっかり浮かぶ島。島民約50,000人)。今回が初めての来日


C氏: デンマーク出身。四国88か所のお遍路を49日かけて成し遂げたい


というご仁です。


この3名は⑪-中編でも申した通り、中国24時間以内臨時滞在ビザ(通称: 通過ビザ)のハンコをお持ちです。エリ奴は機長がいらん言うたけん、持っとらんにゃっ。


… と、突如ワタクシ達4名は係員により、「あっちへ行けっ」と、皆さんとは別のレーンへ追いやられました(肩を強く押されたっ)、ひぃっ。


そして並んだレーンが

「関係者並びに外交官」レーン

・:*+.\(( °ω° ))/.:+・:*+.\(( °ω° ))/.:+


先ほど(中編参照)、ワタクシが機長をハイジャックしたのと同じ場所ではありませんかっ。
いきなり「関係者並びに外交官」となったエリアラシセミ丸。四半刻前はここから入国は出来ないと言われたのに、一体どういうことなのでせふ。


ワタクシの前にA、B、C氏、そしていよいよエリアラシの入国審査です。


指紋認証が計4回 (右手左手4本指、右手左手親指)。パスポートの念入りなチェック。


搭乗券については諮問されなかった… と思うまもなく、


「通過ビザのハンコは?」


の問い (正しくは「スタンプッ、スタンプッ」)。


ワタクシが、機長は必要ないと言った… という間もなく、今度は


「トゥギャザー?」


と、A、B、C氏を指して言うので、


「イエス、イエス」


と申しましたら、薄い黄色の紙に氏名等を書かされ、それで入国審査終了。


… 何事でございましょうか…。

兎にも角にも、ワタクシはどうやら無事中国に入国出来たらしいのです。


紳士3名と、先ずは搭乗券無し(エリコはスタンプも無し)の入国を無邪気に喜びあったのでございます。


しかし、この後がまたもや地獄の黙示録でございました。乗り継ぎ先のターミナル2まで全然行き着かないのです。どこで降りたら良いかよく分からぬモノレールに乗り、なんとか降りた先で凄い数の「俺のタクシーに乗れ」攻撃を振り払い、次はシャトルバスです。どのバスに乗るかも不明。No.2らしいのですが、2の表示が見つかりませぬ。


… あぁ、見つかりました。それから15分ほどバスに揺られ、やっとターミナル2へ。


そこで搭乗券印刷となるのですが、予定と全く違うルートの我ら4人。コペンハーゲンからのスーツケースはどうなるのか等々、全く読めません。


ここからの詳細を記すと延々終わらないので割愛致しますが、出国手続きや山のようなセキュリティを抜けて日本便のゲートにたどり着くまで、北京に着陸してから2時間半もかかってしまいました。


やっと搭乗です。ワタクシのお隣は、フェロー諸島出身のA氏B氏。旅は道連れ世は情けの王道を行く我ら、普段は我が身について道連れの方に話すことはありませんが、数々の艱難をかいくぐった者たちには戦友にも似た感情が芽生えます。


彼らの日本で経験したいことリストに「クラシックコンサートに行きたい」とありましたので、驚いてしまったワタクシ。毎年多くのお客様を海外から迎えているマキムロフスカでございますが、意外や今まで受けたことのないリクエストだったからです。わらわはピアニストでござんすと明かしましたところ、お2人とも驚いておられます。ご両人とも、合唱団に所属、大のクラシックファンでいらっしゃることが判明しました。


ワタクシは、生まれて初めてフェロー諸島出身の数々の音楽家をご紹介頂きました。携帯のお気に入りリストにあるフェロー・ミュージックを次々聴かせて下さいます。中でも、Eivør(アイヴォール)という女性ヴォーカリストの楽曲が魅力的です。特に”Slør”というアルバムが。皆さまも、宜しければぜひ。


そんなこんなで、北京から関空までの3時間はあっと言う間でございました。機内で煙草を吸い、吸い殻を床に投げたり等々、ツワモノ過ぎる振る舞いの乗客も何人かおりましたが。


無事に帰国した今、フェロー音楽を聴きながら溜まりきった仕事をこなす日々です。フォーク音楽って素敵でございます🎵。

ここに着地するために前・中・後編と、何万字もの字数を要した不器用なエリコフスカヤ・マキムロフスカをお赦し下さい。

… いやぁ、日本の夏。ビールと枝豆がうまいっすねー、パイセンッ。

【一日一ピアニスト⑫】

帰国致しましてはや3週間になんなんと致しますのに、完全に皆様の生活と3分の1ずれたままのエリコーンポタージュスープ。夜はギンギラギン、そして朝7時に眠くなり、3時間後の10時に身悶えするほどの罪悪感で目覚めるという生活でございます。誰か、ダレカ、DAREKA、あたいを救って。


【一日一ピアニスト】も、7月16日のリサイタルまで細々と毎日書き連ねようと心しておりましたのに、前回の北京大暴れ事件を記しましてから随分時間が経ってしまいました。


エリコロッケ定食の本職はピアノ弾きでございますが、ここ数年他のお仕事も恐ろしく増えておりまして、優しい方々は「まぁ、エリコリアンダーちゃん、頑張っているわねぇ!」と激励して下さいますが、台風の目の中にいるエリ奴本人は、時に自分の名前を忘れてしまうほど激忙の中を茫然と暮らしております。お仕事が佳境に入るとスイッチが切り替わり、この無駄にデカい目の瞳孔がご開帳極まりない状態になり、憑依の上にさらに貞子が憑依する状態なのは今まで通りですが。

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さて、音楽とその周辺の話題でございます。ワタクシ、10日後の6月16日にも、多くの後援と協賛を頂戴しておりますコンサートパフォーマンスを控えているのですが(ありがたや、南無)、降って湧いたように新しくやりたいことを見つけてしまいました。音楽に関わることとは申せ、現場大好き現場至上主義者、エリココナッツ風味の白身魚ミルフィーユ仕立てにとって、非常に苦手な最上に洗練されたお言葉遣いと品行方正を要求される分野であります。「何ゆうてケツかましとんねんっ」「まあ、そう言わんと。茶ぁシバきに行こうや」で終わる、真っ正直な技術者たちとのお仕事が本来大好きなのでございます(注:ちょっと美化したかも)。


三十路に入りますまでは、まさか自分がものを書いたり、演出をしたり、脚本を仕立てたり、肉体派になったり、映像に関わるお仕事をするとは夢にも思っておりませんでした。ピアノがあり、荒れ狂う嵐のようなプライヴェートあるだけで十分でございました。


今でもやはりピアノが中心でございますが、それは表現のツールとしてやはり非常に強い力があるからであって、ピアノと心中するという意味ではございません。


たくさんの草鞋を履いておりますが(出来れば草鞋ではなく、マノロ・ブラニクを履きとうごじゃる)、そしてまたまた新しくやりたいことを見つけてしまいましたが、どの分野においても「起承転結」の段はきちんとつけたいと思っております。本音を申せば「結結結結」がよろしゅうございますけれどね。そして、エリコマッタ姫のことですから、どうせ「転転転転」になるのですけれども、ね…。


という訳で、久しぶりの【一日一ピアニスト】でございました。みなさま、ごきげんよう。
追伸:お写真は、トランス中のエリ太夫。このところ、人間以外との共演が多いですが、人間(ホモ・サピエンス・サピエンス)のステージパートナーもキャスティング中。ワタクシと共演してみたいと思って下さる方、お声がけ下さいね。取って喰いますから、骨の髄まで❤️

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【一日一ピアニスト⑬】

またもや前コラムから間が空いてしまったことを、エリコバンザメソノオンナ凶暴ニツキ、臥して臥してお詫び申し上げる次第にござりまする。


さて、7月16日の芸文でのリサイタルまで3週間を切りましたが、わたくしの心は平穏でございます。リサイタル翌日の17日にベルリンへ飛び、そこで4公演、その後北欧へ渡り、迫り来る秋の公演に向けてのミーティングが100ほど待ち構えておりますので、呆然自失の状態を平穏と置き換えているだけとも言えますが。


エリコロンブスの卵が何より楽しみにしておりますのが、ベートーヴェンの「熱情」を演奏することでございます。「うざい」「だりー」「めんどくせー」多発のこの時代に「熱情」ですわよ、あなた様っ。しかも、湿度1,500%で気温も30度超えの7月のニッポンで。練習するだけで500g減り、1リットルの水を補給して、結果として日々500g増えるわたくしの肉体を、一体どうして下さるとおっしゃるの⁉︎

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さりながら、15年以上「テーマありき」でパフォーマンスのためにコンセプトを練ってきたわたくしとしましては、弾きたい曲を前後の曲との関連性を一切無視して臨む今回のリサイタルは、おもちゃ箱をひっくり返す童子の純粋な喜びにも似て、とにかく楽しゅうございます。テーマに縛られるというマゾキスト的な官能美の世界に属する一員として生きて参りましたエリコマンダー特派員は、少なくとも7月16日までは此岸側のヒトとしてオタクなピアニストの道を歩みます。補足致しますと、オタクなピアニストとは、ドレミファソラシドの音階を1,000回練習したり、大きく跳躍する音と音を外さないため、2,000回跳躍練習をしたりする人種のことでございます。


そして16日が過ぎましたら、今度はベルリンで「カオスと欲望」というテーマの基、社会の病巣を抉った狂気(狂喜)のパフォーマンス週間に突入致しますの。更にその先は、マキム乱舞の女サムライ、またもや新たな挑戦が待っております。


…. あぁ、柴漬け食べたいっ。

【一日一ピアニスト⑭】

エリコニャック・マキブランディー22年熟成にとって、青天の霹靂とでも申すことでございますが、W杯予選を二戦拝見しました。日本 vs セネガル、ポーランド戦でございます。


セネガル戦は純粋に感動致しました。わたくしにはセネガル人の友人がおりますが、同じホモ・サピエンス・サピエンスかと驚嘆するほどプロポーションが違うのです。その友人は女性ですが、腰の高さが私の胸の位置にあります。手にすっぽり入ってしまうのではないかと思うほど小さな顔、見事なカーブを描いた後頭部、すらりと伸びた背筋、神々が造形し給(たも)うた、生きた彫像です。


対して、我ら日本人。古代からの黄金比や、近現代の「美」の基準から申しますと、他のアジア諸国に比べても我々は一部の例外を除いて胴長短足、スタイルが悪いと分類されてしまいます。背が高いこと、足が長いことなど、生きていく上で大して問題ではないのに、不条理でございますね。


20cmほども身長差があり、足の長さも極端に違うセネガル人たちと戦うサムライジャパンの勇姿は、普段スポーツには全く縁のないわたくしの胸をも激しく揺さぶりました。そして、テレビを見ている暇があれば原稿の一本も書けという状況ですのに、あの感動を再び感じたく、ポーランド戦も観戦することに致しました。


引き分け以上で決勝Tに進めるという状況下、いよいよサムライジャパンの入場です。ポーランドは先の予選の結果、どう転んでも決勝には進めませんから、気合の入り方は両チームで格段の差があったことでございましょう。


試合はポーランドが後半先制を期し、ポ1ー日0のままで試合は終盤を迎えました。しかし、後半戦の途中で同時並行に行われている日本のライバルチームの試合状況が続々とアップデートされ、イエローカードの枚数等、レギュレーション上の条件を鑑みると、日本は僅差で決勝Tに進めるかもしれないということが判明しました。とにかくこのまま行け、ファウルやイエローカードを出すな、ボールを回してこのまま試合を終えろの指示がベンチから飛んだことは明らかで、ロスタイムを含む最後の10分ほどは、子供の遊戯にも似たボールの回し合いが続き、ホイッスルが鳴り試合終了。日本決勝T進出、しかし会場はブーイングの嵐でした。


結果が全てですから、これで良いのです。レギュレーションも含め、全てを知悉した上で戦略を立て、勝てば良いのです。日本は決勝Tに進めたのでございます。それについては、心よりおめでとうございますなのです。
なのに、試合後、形容しがたいやり切れなさがそこはかとなく残ったのはなぜなのでしょうか。


これは、わたくしがやはりピアニスト目線で物事を見る癖が付いているからだと思います。明らかに練習不足で本領発揮が出来ないことは残念ながらあります。ただ、戦略上、最後の音を弾き終わるまでは適当に流しておこうという状況に陥ったことは、これまでの長い演奏家生活の中では一度もありませんでした。


にわかサッカー観戦者がたわ言を申すなと謗(そし)りを受けそうですが、勝つこと、前へ進むことの意味を改めて深く考えさせて頂く非常に意義ある90分でございました。音楽業以外にも多くの仕事を抱えているので、今後、自分にもそのような場面がやってくるかもしれません。その際には、心が折れるような批判の渦に巻き込まれてしまうでしょう。


あの激しいブーイングに耐え、先に進むことだけに集中して決勝T進出を掴み取った日本チーム。この先とんでもない強豪との試合に向けて、体力知力精神力の全てをかけて、思いっきり暴れて欲しいと心から願うのみでございます。

【一日一ピアニスト⑮】

7月に突入致しました。近年、音楽業だけではなく、様々な分野に挑戦する機会を頂戴し、ただただありがたく思っておりますエリコハダノニギリ2人前。

一例を申しますと、書き物業だったり、ヨーロッパと日本を繋ぐ文化事業だったり、ピアノを使わずに舞台でテーマを表現するパフォーマー業だったりです。書き物についてはこの9月からまた新しく連載を担当させて頂きます。文化事業の方は次回の渡欧時に詳細を詰める段取りになっており、またピアノから離れたパフォーマンスは7月にベルリンでチャレンジして参ります。

さりながら、2歳から弾いて参りましたピアノでございます。この巨大な黒い塊とマキムラーメントッピングには高菜を少々の間に、どれほどの愛憎の歴史が横たわっていることでしょう。激しい叱責や暴力、侮辱に耐え、プライベートを犠牲にしてきたことも多々ございました。仕返しに、ピアノのハンマーを折ったことがございます (あっ、不可抗力的に折れたのですよ、無理矢理ピアノ線をねじ切って折った訳ではございません)。


面白かったのは、ポルトガル国営ラジオ放送の収録でございました。見事なコンディションのスタインウェイD。ピアニストにとって夢の産物です。調律もなかなかの仕上がりで、期待が高まります。録音の場合は何度もテイクするのですが、結局一発目が一番良い出来であることが殆どですので、集中力も恐ろしく高まります。

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しかし。エリコノ葉サラサラ笹ノ葉サラサラにはアクシデントが常にセット。作曲家シュニトケの曲で激しいバス(低音部)が連打され始めると、1トンを遥かに超える黒い塊が少しずつ前方に動き出すではありませんか!


わたくしは必死に堪えました。ラジオ局のスタッフ様たちの顔が青ざめる様を右目がとらえます。そのうち、椅子と鍵盤の間が空きすぎて、もう椅子に座っていられなくなりました。
ポルトガル人スタッフ3名が靴を脱ぎ、そろりそろりと私に近づき、ピアノの足3本の下に座り込んで支え始めました。4人目はわたくしの背後に回ってピアノ椅子をそっと前方にずらし、エリーノ・マキムラーニョはまた椅子に座ることが出来ました。しかし、繰り出されるバスは、地球をも震撼させるほど激しさを増し、ピアノはスタッフ4名の努力も虚しく、またもや前へ前へと動きます。

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空気椅子での演奏。くくく苦しい。あぁ、我に椅子を。椅子を下され。椅子をくれ。


されど、一発目のテイクは何としてもバシッと決めたいところ。わたくしは一生分の集中力を使い果たし、なんと椅子のないままフィニッシュ致しました。ノーミスです。一発OKが出まして、わたくしたちは大笑いしながらお互いの様々な意味での健闘を称えあったのでございます。ピアノが動いたのは、ただ単にピアノの足のネジを締め忘れていたという、コントのような事情によるものでした。ちなみに、わたくしの太ももの痙攣は翌日まで続きました。


色々な苦労もございましたが、そして「ピアノはただの表現のツールの一つ」などと生意気を申しておりました時期もありましたが、やはりわたくしはこの黒い子を愛しているのでございます。
冒頭に記しましたように、新しい挑戦が始まりまして、特に今年前半は無理をし過ぎました。これからリサイタルまでの日々は、心を鬼にして他のアジェンダは殆ど無視して、ピアノとの日々を慈しみながら過ごしたいと思います。


… えっと、理想論です。アジェンダの無視は、社会からの抹殺を意味します😨😨😨。

【一日一ピアニスト⑯】

オトナの事情などこれっぽっちも顧みることなく、好き放題に書いてきた日々の徒然が印刷され、皆さまのお手元に届くかと思うと一気に血の気が引きそうですが、このように非文学極まりないプログラムノートを書くことはもう二度とないと思いますので、今の、生の、旬のエリコドロフスキー・マキムラムチャンにあと少しだけお付き合い下さいませ。

さて、7月16日のプログラムがやっとやっと決まりました。蓋を開ければベートーヴェン、ショパン、リストと、王道中の王道でした。自分でも驚いております。

結局のところ、ピアノを弾くという行為、そしてそれを職業にするということは何なのかと沈思しながら練習しております。これはワタクシがナイーブになっている訳ではなく、ある友人の状況を間近に見ていて考えさせられることなのです。

その友人は、この世で最も優しい人の1人です。ヨーロッパでの演奏会にしょっちゅう来てくれて、四季折々の花のブーケをいつも恥ずかしそうにプレゼントして下さいます。ワタクシたちの仲間はみな彼のことを愛しております。風邪を引いている人の元にスープを運んだり、とにかく優しいのです。見返りなど何一つ求めず、いつも人のことを真っ先に考えているのです。

彼は偽物のブランド品を売ることで生活の糧を得ています。代々その環境で育ってきて、それ以外の生き方を知りません。もちろん違法中の違法ですから、度々刑務所に入れられます。ワタクシと友人たちは許可された時間帯に電話をかけて彼に笑いを届けます。

娑婆に復帰すると、彼はまた同じような生活を始めます。社会的に非常にパワフルな友達が、法にかなった職業を彼に推薦します。しかし、属するコミュニティ、家族親族一同から1人抜け出して生きていくことは、想像を絶するほど困難なことなのでしょう。塀の外にいる間は、彼独特の含羞混じりの泣きそうな笑顔で、大きな体を屈めるようにしてワタクシに花束をくれ、病気の友人にスープを運び、引越しを手伝い、ボランティアで子供たちにサッカーを教え、そして偽物のブランド品を売っては捕まり、刑務所に入る生活を続けています。

エリコには生まれた時から家にピアノがあり、たまたまその楽器にパッションを感じ、ピアニストという職についた。批評批判も勿論受けますが、法に反するどころか、努力して力の限りの演奏をすればお客様から拍手を頂く職業です。

世界は矛盾と混沌と不条理と不公平に満ちています。素晴らしいスタッフと音響に恵まれた舞台で、今一度自分の生き方、在り方を見直しながら、ただ無心にピアノに向かいたいと思います。

皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げております。

牧村 英里子

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【一日一ピアニスト】リサイタルまでの日々①〜⑩

【一日一ピアニスト①】

7月16日(月・祝)に開催のピアノソロリサイタルまで3ヶ月を切りました。

 

芸文の神戸女学院小ホールで弾くのは今度で5回目。前回2017年1月14日のパフォーマンスでは、前半を終えて休憩に入るや猛ダッシュでバックステージに駆け込み、舞台監督が私の長い髪を一気にバリカンで剃り上げて、後半は丸坊主で臨んだのを思い出しました (どんなコンサートや…)。

 

今回は同ホールでは初めてのクラシック一本勝負。スタインウェイDを、時に最愛の愛人の如く、時に脳天にイカヅチ落ちろと呪う相手の如く、喜怒哀楽愛憎の全ての感情と日々の鍛錬で培った技術でもってかき鳴らします、押忍💪。

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【一日一ピアニスト②】

私はリサイタルのプログラムを決めるのがおそらく世界で13番目くらいに遅い。現時点で決まっている曲は2曲。そのうちの1曲は即興なので、楽譜が存在するプログラムという意味では1曲しか決定していないことになります。

その曲の名は「熱情」と申します。ベートーヴェンという今は亡き偉い人が書いた作品です。

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高校生の時にほんの数ヶ月間、ケタ外れに変わり者の教授のレッスンを受けていました。どれくらい変人かというと、なんと教授なのにレッスンをしないのです😨。ピアノから遠く離れたソファに寝転がり、ワタシが一通り弾き終わると何か呟いている。よく聞こえないので彼のところまで行くと「そうじゃないんだよ」とのたまっています。

 

「どうしたらそうじゃなくなるんですか?」と聞くと、「自分で考えろ」というありがたいお返事。

 

なので、自分で考えて再び弾き始めました。生意気盛りの高校生だったワタシは、このク◯ヤ◯ウ(失礼🙏)の息の根をどうやって止めてやろうかと、もの凄くよく考えながら心を込めて弾きました。

 

最後の音を弾き終えると、ワタシは無駄にデカい目で教授を見つめました。また何かモゴモゴ呟いている様子。再び彼の元へ足を運びました。

 

「1回目よりは良くなったが、まだ違うんだよな」と仰ったところで、次の生徒が来ました。

 

ぼったくりバーかと見紛う額のレッスン料をテーブルに放り投げ、彼に軽く呪いをかけてからレッスン室を出ました。ソナタを全楽章2回弾いただけで、福沢諭吉氏数人分です。あっ、書き忘れておりましたが、その日に弾いた曲は、ベートーヴェンの「熱情」でした。

 

今日、かの曲を練習しながら、あのぼったくり… じゃない、人の持つ潜在能力を引き出すことに長けた教授のことを懐かしく思い出しました。あの頃より、今のワタシは格段に自分でよく考えて弾くピアニストになったと思います。教授の素晴らしい助言のおかげです。何度か呪いをかけてしまった教授よ、本当にありがとうございます🙏。

(美談調にまとめてみました。)

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【一日一ピアニスト③】

昨日に引き続きベートーヴェンの「熱情」を練習後、プログラム選曲のため数十曲を弾き散らしています。モーツァルトに取り掛かったところで、ドイツ人の大御所中の大御所であるヴァイオリニストのことを思い出しました。

 

初めて彼の室内楽のレッスンを受けに行った時のこと、第一声は「キミはウィーンに住んだことはあるかね」でした。

 

ウィーンではなく、ベルリンに住んでいますと答えると「ウィーンに5年以上住まないと、モーツァルトを弾いてはいかんっ」とまさかの居住地によるレッスン拒否。

 

乳母日傘の箱入り娘、ヒトに逆らったことがないエリコナデシコ🌺は、「あぁそうですか」とあっさり楽譜をまとめて帰ろうとしました。そうしたら「いや、帰ってはいかんっ」とまた怒られました。一体どっちやねん。

 

レッスン室の扉を閉じて彼の元に戻りますと、今度は「ボクの部屋からE.T.A.ホフマンの◯◯という本を持ってきたまえ」との仰せなので、またもや扉を開けて、その本を取って参りました。ちなみにホフマンさんとはドイツを代表する作家、作曲家、音楽評論家、法律家です。

 

ミスター大御所は私から本を受け取ると、それから延々2時間に渡ってホフマンさんがいかに偉大かという内容の講義を行いました。彼の著書を読まずしてモーツァルトを弾くことはまかりならぬ、と。講義の内容の94%は本の引用文でした。

 

あまりに退屈なので、何度も「もういいです。その本、買いますから」と言おうと口を開きかけましたが、大御所ヴァイオリニストを恐れる室内楽メンバーがワタシを濡れた子犬のような懇願の目で制するので、仕方なくおとなしくしていました。エアピアノで練習したりはしていましたけれど。

 

ようやく講義から解放され、レッスン室を出た途端、ワタクシはハタと気づきました。

 

ホフマンさん、ドイツ人やんかっ。ウィーンに5年以上住んだことないやんかっ。

 

👨🏻👨🏻👨🏻👨🏻👨🏻

 

そんなこんなで、モーツァルトをプログラムに入れるべきか否か、未だ決められぬワタクシなのです。

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【一日一ピアニスト④】

リサイタルに向けての試行錯誤メモ、【一日一ピアニスト】が、まるで天璋院篤姫にお仕えする幾島のやふな口調ですねと親友から嬉しいお言葉を頂戴しましたので、図に乗ってその路線で書き連ねたいと思います。普段がべらんめぇなワタクシですので、時には「このク◯野◯」などとあられもない言葉も飛び出すことがあろうかと存じますが、平にお許しを🙇‍♀️。

 

今日は主にショパンを攻めてみました。ワタクシはショパンと同じくらいの身長ではなかったでせふかとふと思い出し、彼の旅行ビザ(26歳時)を調べてみましたところ、

 

身長: 170cm
髪、眉毛、髭:ブロンド
額: ノーマル(ノーマルな額って何ですの?逆にアブノーマルな額とは?カナヅチでも突き刺さっているのでしょうか)
瞳: 灰青色
顎: 丸型
顔: 卵型
鼻: ノーマル
肌: 白色
.
.
.

体重: 40kg

 

ひぃぃぃぃっ、吹けば飛びそうっ。

 

ショパンには確かジョルジュ・タマゴサンドウィッチ夫人でしたかしら🍳、そんな感じの名前の7歳年上の恋人がおりました。このエビカツサンドウィッチ夫人🦐の書いた、「ルクレツィア・フロリアーニ」という小説は、ショパンとの関係を暴露したと言われる作品。ワタクシはこれまでコンサートで数え切れぬほどショパンを弾いてきましたのに、恥ずかしながらまだこの小説を読んでおりません。別れた後にオトコとの暴露本を書くようなオナゴはどうでおじゃるの?そんな訳でジョルジュ・メンチカツサンドウィッチ夫人🍗になかなか興味が持てないのですけれど、どうやらショパンを弾くことになりそうなので、彼が9年の長きに渡って愛した女性についてもよくよく調べねばなりませぬ。

 

そんなこんなで、お夜食に今からサンドウィッチを食べます🍞。

 

注: ショパンの恋人で小説家の正式なペンネームは、ジョルジュ・サンドです。サンドウィッチとは何の関係もありません。

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【一日一ピアニスト⑤】

ワタクシ、ちょっとばかり人生を振り返ってみますと、なんと大学/大学院生生活を12年も送っていたことに気づきました。京都で6年、ベルリンで4年、そしてハノーファーで2年。「今、大学何回生ですか?」「はい、大学12回生です🙋」

 

…. 突き刺さる沈黙 …. みたいな。

 

セクハラ・モラハラ・パワハラが大きく取り上げられている今日この頃ですが、ワタクシはおそらくそれらが普通にまかり通っていた最後の世代の芸大生だったのではないでしょうか。

 

ワタクシが受けた公開処刑の1つに、ド・ミ・ソの和音を2時間弾かされ続けたというのがあります。スイスのチューリヒでの出来事だったと記憶しています。

 

公開マスタークラスが、世界の名だたる音楽家たちによって素晴らしいコンサートホールで行われ、プロを目指す音大生にとっては夢のまた夢のような1週間でした。

 

確かハンガリー人の教授だったと思います。彼自身、ピアノが弾けるのかどうかは不明ですが、その怪物的ドSな指導方法で賛否両論の嵐を巻き起こすことで有名との噂は聞いておりました。結論から申しますと、ワタクシは「否=ピ」に一票です🙋。

 

その日の彼の獲物はエリコという名の、野に咲く可憐なスミレのようなオンナノコでした(殴り倒して下さって構いません🌺)。

 

多くの音大生が聴講する中、彼はワタクシが弾くシューベルトのソナタの冒頭のド・ミ・ソが気に入らず、0分0秒から2時間0秒まで延々その3和音を弾かせ続けたのです。

 

彼の罵倒の語彙力は圧巻でございました。「オマエの脳みそはネアンデルタール人以下だ。貴重な存在だから、博物館に飾ってもらったらどうだ」「そんなクソみたいなド・ミ・ソが弾けるなんて、ある意味天才だ。オマエは将来性がある」「オレはオマエが弾くそのピアノになり代わってみたい。痛めつけらるマゾキズムの極致を体験出来るじゃないか」等々、少し変態臭のかほり漂う罵詈雑言をド・ミ・ソを弾く度に仰るのです。聴講生たちは耐え切れず、次々と退席していきました。

 

普通は泣いたりしてハンケチーフでそっと涙を拭ったりするのでしょうが、ワタクシにも少々変態の要素があるのでしょう。彼のあまりの語彙力と表現力の豊かさに、この◯◯野郎(本当にごめんなさい🙏)は、ピアノ教師ではなく小説家になれば良いのに、などとおせっかいにも彼の転職先に思いを巡らすようになっていったのです。

 

数百回ド・ミ・ソを弾いて、公開レッスンは終わりました。人生であんなにもド・ミ・ソを奏でたのは初めてです。ホールにはもはや人っ子ひとりおりませんでした。

 

少々疲れたのと、やはり怒りというのは後からやって来るものなのですね。あの変態教授に刺客を放とうかと迷っておりましたが、その夜のコンサートで弾くようにと突然お達しがありましたので、刺客の友達に電話をする案は一旦保留することに致しました。

 

コンサート終演後、やれやれと思いながらバックステージでパッキングをしていると、何とくだんの教授が立っているではありませんか。

「Oh, エリコ。可憐なる日本のスミレの花よ🌺(←ココはワタクシの創作)。You are absolutely fantastic!」と叫んで、特大のテディベアのようなハグをしてくる教授。ほっぺに接吻まで。ひぃっ。

 

ワタクシは混乱しました。お昼のレッスン時のド・ミ・ソと、コンサートで弾いたそれには全く違いがなかったのに、一体何が彼のお気に召したのか全然分からなかったからです。

2歳からピアノを弾いておりますが、未だ音楽とはなんぞやと不思議に思うことしばしばです。

 

そんなこんなで、7月16日、シューベルトは弾きません(((o(*゚▽゚*)o)))♡

😂

(写真は、刺客を放つか否かの決断を下す寸前の超不機嫌エリコ。笑)

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【一日一ピアニスト⑥】

昨日はド・ミ・ソのお話でしたが、今日はラ・ド・ミのお話です。

 

ポーランドの旧貴族のお城でコンサートをさせて頂く機会がございました。

優美極まりない舞踏の間での演奏。ラヴェルのピアノトリオでの幕開けです。精緻で大胆、官能美に満ちた見事としかいいようのない素晴らしい曲です。

 

冒頭はラ・ド・ミの和音で始まります。極度に指先でコントロールしてその三和音を完璧なバランスで奏でることが要求されます。

 

500人ほど収容出来るのではという巨大な広間のど真ん中に置かれた美しいグランドピアノ。胸が高鳴ります。ワタクシは鍵盤を覆う蓋をそっと開けました。

 

ひぃぃぃぃっ、ラとミのキーがありませんけれどっ😱。

 

ラ・ド・ミの和音で始まる曲なのに、ラとミのキーが欠けているとはっ。何かの冗談でしょうか。そもそも誰も気づかなかったのでしょうか。それにしても運命の悪戯にしては、あまりにもあまりにも過酷ではありませんか。

 

つまり「ド♩」だけしか弾かれへんやんかっ😭。

 

ワタクシがこめかみにバキバキ青筋を立てるのを見て、付き添いで来ていた年配のポーランド人ピアニストがジャパニーズ暴れ馬の口封じにかかりました。

 

「エリコッ、私たちピアニストはそれぞれの会場にあるピアノのコンディションの如何に関わらず、最上を努めるのが仕事なのよっ。あなたもプロなのだからベストを尽くしなさいっ」

 

《そう、アタシは北島マヤ👩🏻(漫画ガラスの仮面の主人公)。ラとミがなくても天才的な想像力でもって、「ド♩」だけでラとミを表現し尽くすのよっ》

 

👼🏻👼🏻👼🏻

 

そんなん出来るわけないじゃろがっ💢(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

その日のコンサートのことは全く記憶にございません。ヒトの忘却機能とは本当に便利なものですね。演奏会の模様はテレビで放映された筈なので、記録として残っているのが恐ろしい限りですが…。

 

しかしラヴェルへの愛は変わりません。たとえ、ラとミが抜けていたとしても、貴方はホントに素晴らしい。モーリス・ラヴェル。天才中の天才です。

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【一日一ピアニスト⑦】

渡欧まであと数日となってしまいました。向こうに参りますと、それこそ24時間ノンストップで走り続けなければなりませんので、せめて日本にいる間はリサイタル試行錯誤メモを書き続けようと思います。たわいもない内容で、恐縮至極に存じますが🙏。

 

【一日一ピアニスト⑤】でしたためましたが、ワタクシは12年間も大学に籍を置いておりましたので、それはそれは沢山の学びの機会を頂戴しました。現在、何足もの草鞋(わらじ)を履く生活を送っていてつくづく思うのですが、教えるという行為は最も骨が折れ、また責任ある仕事です。ワタクシのように「はい、センセイ👼🏻」としか言わない、物足りないほど従順でエンジェルのような生徒ばかりではございません(エリコの頭上に薙刀100本落としてよし)。しかも留学生の場合は、言葉の壁による意思の疎通の困難が待ち構えております。

 

ワタクシがドビュッシーのレッスンを受けている最中のことでございました。まだドイツ語が覚束ない頃のことです。凡その内容は分かるのですが、最終的に相手がAをしろと言っているのか、それともBなのかが分からない現象がしばしば起こってしまうのが、新しい語学を学ぶ者を悩ませる大きなポイントです。

 

その日、教授がワタクシに言いたかったのは「Aのように弾け」でした。しかし、ワタクシのお花畑な脳は「Bのように弾くのだ」と理解して、いい気になって曲の最後までBバージョンの解釈で鍵盤をかき鳴らしました。

 

恐ろしい沈黙の後、教授はおっしゃいました。

 

Ich bin wütend.
(ワタシ ハ 激怒 シテ イル)

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

wütend とは非常に強い言葉でして、まさに「激怒」。

 

もう16〜7年も前の話でございますが、思い起こすたびに、あぁ、ひと昔前に旋風を巻き起こしたギャル用語、「激おこぷんぷん丸」という言葉が何故まだその当時は存在していなかったのか、悲しみにくれるばかりなのでございます。

 

教授のお言葉をそのまま「私は激怒している」と直訳するのではなく、

 

「ボクったらキミに激おこぷんぷん丸だおʕ•ᴥ•ʔ(ᵔᴥᵔ)ʕ•ᴥ•ʔ(ᵔᴥᵔ)」

 

と意訳すれば、そんなに衝撃を受けずに済んだのではないでしょうか?

ちなみに「激おこぷんぷん丸」には6段活用があることをご存知でしょうか。

・おこ(弱め)
・まじおこ(普通)
・激おこぷんぷん丸(強め)
・ムカ着火ファイヤー(最上級)
・カム着火インフェルノォォォォオオウ(爆発)
・激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(神)

…. だそうです。

 

そんなこんなで話を戻しますが、教授が望んでいたAバージョンの解釈のドビュッシーをプログラムに入れるべきか否か。

 

答えは、「否」でございましょうかねぇ…。

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【一日一ピアニスト⑧】

突然ですが、ワタクシは関西で言うところの「イラチ」です。これは、イライラしている人、短気な人ではなく、「せっかちな人」を意味します。

 

典型的なイラチのエリコがなぜピアノの練習だけは根気よく何時間も続けられるのでしょう。自分でも不思議です。

 

恥じらう年齢でもないので申しますけれど、まだベビ👶の頃から幾星霜の月日をピアノ椅子に座って過ごしておりますので、ワタクシのお尻には座りアザが仲良く2つ並んでいます。

 

これを「Oh, なんて美しいんだ。まるで薔薇が二輪咲き誇っているようではないでおじゃるか🌹🌹!」と賞賛の眼で見つめる白馬の王子さま🤴とhappily ever after (めでたしメデタシ) になる人生だと良いですね。来々々世あたりですかしらね。

 

さて、異様にせっかちなくせに、異様に深く物事を考えるワタクシでございますが (ただしそれは仕事のことだけで、プライベートは超テキトー)、必ずしも考え過ぎることが良い方向にいくとは限りません。この際「イラチ」であることを利用して、さっさとリサイタルのプログラムを決めてしまおうではないでしょうか。

 

イラチ=せっかち=やたらコトを急ぐ=なんだかやたら動き回っている=音楽でいえばやたら早いパッセージの曲=フランツ・リストさん🤴🏻

 

… イコールが全くイコールで繋がっていない不条理、そしてかなりぞんざいな例として扱ってしまったフランツさんには大変失礼ですが、7月16日の大事なリサイタル以外にも仕事が恐ろしくチョモランマ(山積み🗻)しているのです。この、ドン引きも甚だしい酷すぎるギャグを活字にしてしまうあたりからも、ワタクシの追い詰められた精神状態が垣間見えるというものではありませんか。

 

もうフランツさんの曲を弾くことに決めてしまって良いですよね?

 

フランツ・リストさんという方は、今で言うところのとんでもないイケメンでございました。ショパンさんの1つ歳下で、当時のおフランスの社交界で彼と人気を二分しておりました。

 

彼はエンターテイナーの要素も多分に持ち合わせておりました。演奏会中、白皙の額に滴る汗。それを拭ったハンケチーフをさっと放り投げると、観客のご婦人連がその布をむしり取ろうと、ヒステリー状態になったそうでございます。そのあまりの性的魅力に、失神する(ふりをした)ご婦人もたくさんおりました。

 

(ちなみにワタクシ、去年の節分の日、大阪松竹座で歌舞伎を観劇しておりました。終演後に、とある歌舞伎界のスーパープリンス(なの?)が投げた節分の豆が入りの袋を片手でキャッチしましたが、全くもってヒステリー症状は起こらず、歳の数だけ豆をポリポリと食べただけでした。)

 

👹👹👹👹👹👹👹

 

クラシックピアニストはソロリサイタルの際、暗譜で弾かねばなりませんが、その習慣もフランツさんの気まぐれなエンターテイメント性のなせる技から始まってしまったことなのです。

 

むむっ、フランツめ、余計なことをしよってからにっ。

 

されど、フランツさんの曲を弾く時は、楽譜を見る暇もないほど手を動かさなければならないので、楽譜は逆に邪魔です。また、作曲家であるのと同時にスーパーピアニストでもあった彼なので、パッセージの運指に無理がなく、一旦手が覚えてしまえば割と弾きやすいのかもと思ったり致します。

 

ってなわけで、フランツを弾くけっ💪。

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【一日一ピアニスト⑨】

ワタクシには多くのアダ名/芸名がございます。例えば【一日一ピアニスト⑥】でしたためました「ラ・ド・ミ事件」が勃発したポーランドでは、

 

👸ヘンドリフスカ・マキムロフスカ👸

 

と呼ばれておりました。戸籍上の本名は、

 

👸🏻エリコ・マキムラ👸🏻

 

ですから、怖ろしいほどゴージャスで異国風なスパイスがパンチを効かせておりますね。

 

そのアダ名について想い出した途端、ヘンドリフスカ・マキムロフスカの「欲望」という名の導線の先から、チリチリと炎が燃え立ち始めました。

 

ポーランド以外の国での芸名も欲しい。例えば、ロシアでのワタクシの芸名は何というのでしょうか。

 

👰🏼エカテリーナ・ボルシチオイシフスカヤ・マキムロツカヤ👰🏼

 

あたりでございましょうか。なぜかミドルネームが加わって、更にラグジュアリアス。

 

👰🏼エカテリーナ(仮)👰🏼は太古の昔からロシアという国に強い興味を抱いております。チェーホフ、トルストイ、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、ナボコフ等の錚々たる文豪作品に触発されたのが最初で、次が音楽。ショスタコーヴィッチ、プロコフィエフ、スクリャビン、ラフマニノフなどの曲をたくさん弾くようになりました。

 

あらっ、大事な方が一人抜けておりませんでしょうか?

 

👨🏻ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー👨🏻

 

ピョートルさんも、関西人と同じで「イラチ(=せっかちの意)」だったのですね。あら、いけない。イラチではなくて、イリイチでございましたね。

 

(我激烈的ゴメン寝)

 

若かりし頃の短絡的なワタクシは、ピョートルさんの過剰なメランコリーとメルヘンの世界に耐えられませんでした。そしてあの濃厚極まりない浪漫、あのナイーヴな叙情をグロテスクなキッチュと捉えていたことも合わせて告白しなければなりません。まるで、お好み焼きを飲み物として注文し、ごっきゅんごっきゅん飲むやふな。この表現でご理解頂けますかしら?まず無理でございますわよね。だってワタクシでも理解出来ませんもの。

 

(大丈夫。ワタクシ、まだ、正常です)

 

しかし、歳月を経てエカテリーナも変わって参りました。彼のあまりに名曲すぎる名曲を、ただただ虚心なく、あぁ美しいと、名曲の極意たる滋味をしみじみ味わえるようになってきたのです。

 

チャイコフスキー、プログラムに入りそうです。

 

エカテリーナ・イラチカ・マキムロツカヤ拝

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【一日一ピアニスト⑩】

今日から海外出張でして、ただいま車で空港に向かっているところでございます。気軽に旅に出られる便利な世の中になったとは申せ、飛行機の中で閉所恐怖症に悶えながら10数時間を過ごすのは大変辛く存じます。

 

乗り物のお話が出ましたが、実はワタクシの曽々祖母がお嫁入りの時に乗って参りましたお駕籠(かご)がまだ残っており、大事に保管されているマキムラ・エリココナッツ家。数世代後、まさか鉄の塊に乗って大空を忙しなく旅する凶暴な娘っ子が一族に現れるとは、おばあ様は夢にすら思われなかったに相違ございません。

 

旅💼旅💼旅💼旅💼旅

 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトさんは神童の名を欲しいままにしておりましたので、幼き頃からステージパパに連れられて、ヨーロッパの各都市をツアーで周っていらっしゃいました。暖房・冷房もない馬車で、凸凹道を延々旅するのはさぞかし辛かったろうと胸が痛みます。

 

旅の無聊を慰めるつもりだったのでしょうか、ヴォルフガングさんはたくさんの手紙をママンや姉、親戚宛てに書くのですが、さすが天才。マキムラ・エリマキトカゲ🦎の書く凡庸なコラムなどとはそもそも次元が違う、ケタ外れのタガの外れ度。脅威のぶっ飛び度なのでございます。それでは突然ですが中継です。マンハイムのモーツァルトさんを呼んでみましょう。

 

「モーツァルトさーん!」
「はーい👦」

 

(以下、モーツァルトさんが従妹のベーズレちゃんに宛てた恋文。ワタクシの創作ではありません、念のため。)

⬇︎

・・・ごきげんいかが?どんな服を着てるの?

 

―お通じはまだいいかい?ひょっとして、かさぶたも出来てるかい?ぼくのことでちょっと悩んでる?ときどき白墨で書いてる?

 

―ぼくのこと、やっぱり時には思い出してる?ときどき首吊りしたくならない?

 

もしかすると、ほんとうに怒ってるの?哀れで間抜けなぼくを。快く仲直りをしてくれない?
さもないと、ぼくの名誉にかけて、バーンと一発やらかすぞ!どうせきみは笑ってるな。

 

―万歳!ぼくらのお尻を和平条約調印のしるしとしよう!

 

たぶんきみはもうぼくに抵抗できないと思っていたよ。そう、そう、ぼくのアレは元気です。

 

2週間後にはパリへ立つけど、今日もひとク◯たれておこう。もし、そちらのアウクスブルクの町から返事をくれるつもりなら、ぼくが受け取れるように、早く書いてね。

 

でないと、ひょっとしてぼくがもう旅立ったあとだと、受け取るのは手紙の代わりに1通のウ◯チ。

◯ンチだ!―ウ◯チだ!おお、ウン◯!
―ああ、なんてヒドい言葉だ!

 

―ウ◯チ!―ポ🈲チ!―こりゃうまい!―ク◯ミソ、くらえ!―ク◯!―なめ🈲

―ああ、おいちっち!―◯ソ、な◯る!―こりゃ快感だ!―ク◯ッタレ、くらって🈲◯ろ!

 

―ウ🈲チ、ポ🈲チ、🈲ソ、🈲🈲🈲!

(マンハイム、1778年2月28日)

 

そ、そ、それではワタクシ、行って参ります✈️。皆さま、ごきげんよう!

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Eriko Makimura Piano Recital on the 16th of July

牧村英里子 ピアノリサイタル

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【日時】
2018年7月16日(月・祝)
18:00開演(17:30開場)

【場所】
兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール

【チケット】
一般4,000円
学生3,000円
(全席自由、当日500円増)

【チケット取扱い】
芸術文化センターチケットオフィス
0798-68-0255
(10:00〜17:00 月曜休 ✴︎祝日の場合翌日)

【主催/お問合せ】
Eriko Makimura & Co.
080-3862-4400
77deadlysins77@gmail.com

【プログラム】
▪️E. マキムラ: 即興「私の好きなモノ」

▪️ F. リスト: ハンガリー狂詩曲第2番

▪️ L.v.ベートーヴェン: ピアノソナタ第23番 Op.57

▪️F. ショパン: ワルツ Op.64-2 第7番, Op.69-2 第10番, Nr.15 第16番
エチュード Op.10-9 & 12番, Op. 25-2 & 10番

■ F. リスト: 死の舞踏

ピアノリサイタルまでの試行錯誤を綴ったエッセイ【一日一ピアニスト】をこのホームページで連載して参ります。お手すきの際にご笑覧頂けましたら幸甚に存じてます😊。

Photo Credit: Lisa Sawada Petersen

Graphic: Taeko Kasama

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SOLD OUT/ 完売御礼 〜紫陽花咲きやがて橋渡らむ之巻〜

【SOLD OUT/完売御礼】
2018年6月16日(土)のコンサートパフォーマンス「ときはいま」第3弾 〜紫陽花咲きやがて橋渡らむ之巻〜 は、お陰さまで本日をもちまして完売となりました。皆さま、本当にありがとうございます。ご来場を心よりお待ち申し上げております。

 

また、「ときはいま」第4弾の詳細告知を近日中にアップさせて頂きますので、今後ともご支援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます🙏。
(第4弾: 2018年9月29日、明石市内の岩屋神社にて開催予定)

アートコレクティブ「ときはいま」一同より

 

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