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Essay Vol.1 “Zarah Voigt”

zarah1 ジュエリーデザイナーの Zarah Voigt に出会ったのは、2010年4月のことだった。彼女の洗練され抜いたジュエリーブティックの扉を押したのはその少し前であったと思う。中は総ブラックのデカダンな世界。足を踏み入れた瞬間、微かなイランイランの匂いを嗅いだように思ったが、気のせいか。

Zarah の父は伝説的な舞台演出家であり、またデザイナーでもあった Jean Voigt (1940-1996)。若かりし頃はパリの Balenciaga, Pierre Cardan などのクチュリエでデザイナーとして才能を開花させ、シアターにおいてはその多面的な奇才を奮いに奮った芸術家。また、世紀末的な退廃性を秘めた独創的な絵画も多く残した。

Jean の美のミューズでありパートナーでもあったZarah の母、Maria Sander は、現在デザイナーとして Østerbroにブティックを構える。ショーウィンドウを飾る、刺繍やビーズ、羽飾りといった贅沢な装飾を施された蠱惑(こわく)的なドレスは、女なら一度は腕を通したい芸術作品だ。

つまり、Zarah は世にも類な才能を持つ両親の元に育ったサラブレッドで、幼い頃から美に囲まれ、また本人自身も凄まじく研ぎ澄まされた美意識を持つ少女で、成長すると当然の結果として、ドラマ性と秘密めいた妖しい魅力を内包する作品を世に送り出す、ジュエリーデザイナーとなった。

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私がコペンハーゲンに来て、最初に買ったものはZarah のピキシーグラスで作られた大ぶりのジュエリーであった。Gammel Møntgade に位置する彼女のブティックはブラック基調で、デカダンが匂いたつような外観。ショーウィンドウに、特に同性愛者の間でアイコニックな存在、Klaus Nomi の写真が飾られており、一体なんの店であろうと強く興味をそそられた。

『Nomi 』は彼女のコレクションラインの1つで、その鋭角的なフォームがKlaus Nomi の纏う衣装を彷彿とさせる、非常にドラマティックなデザインのピアスで、私はためらわずにコンサート用にと購入を決めた。カウンターに、ポートワインがなみなみと湛えられたヴィンテージのデキャンタとグラスのセットが置かれ、どこまでも魅力的な空間だった。

2ヵ月後、コンサート終了後にゲスト達と演奏後の一杯を楽しんでいたところ、偶然私がつけているピアスと同じものを耳に飾る女性を発見。話しかけて見るとZarah Voigt 本人であった。赤みがかった、なんともいえず魅惑的なこっくりした長いブロンド、深紅のリップスティック、180cm を超えるであろう長身。常人ではない、特殊な女性であることは一目瞭然であった。共通の友人が引き合わせてくれ、そこから交流が始まった。

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Zarah の語る、父 Jeanのエピソードはいつも刺激的だ。フリーマーケットで買った1000円程度の椅子でも、家に持ち帰り自分で装飾し、まるで美術館に飾られてもおかしくないようなものに仕上げてからやっと部屋に飾った、とか、彼が彼女をパリに連れ出して、めくるめく世界を見せてくれた、とか、いつまでも聞いていたいような話が無尽蔵にある。

彼の創造力を刺激してやまなかったZarah の母 Maria Sander は今年初頭に Jean Voigt へのオマージュ的な本を執筆。その本を彩る華麗な写真の数々はあまりに強い美と個性を放っていて、眺めているうちに次第に強い酒に酔ったような気分になる。その本もZarah と Maria のブティック同様、基調はブラック。そこにいぶしたような銀色がアクセントを添える。Jean の特徴的な口髭の顔写真が表紙の、美しい本だ。

本のp.108 の写真は、6歳の折のZarah が、明らかに手刺繍であろう凝ったカットレースのドレスを纏い、ドットレースの手袋を嵌め、貴婦人の被るようなデコラティブな帽子にくっきり縁取ったアイラインの目という、コケティッシュで、造り込まれた倒錯的な世界観を見せてくれる。p.114 のZarah の母、Maria のサテンドレス姿の写真も妖艶だ。ファム・ファタルとはこういう女を指すのか。 zarah2 Zarah はこれまでに “Gothica Collection“”Samurai Collection” “Klaus Nomi Collection” 等、数々のドラマティックなコレクションを発表。彼女のジュエリーを身に纏えば分かることだが、パーツの1つ1つに完璧に計算し尽くされたカッティングが施されており、光が反射しては女の耳元や胸元に微妙な陰影を落とすのが美しい。

最新コレクションは”Insectorum Adventa” と言い、文字通り『虫』のモチーフからなる。これを選ぶ女性は相当自分に自信がなければならないだろう。Zarah の強気が伺える作品たち。 秋に、アートフェスティバルで彼女との仕事が決まっており、今から大層楽しみにしている。

いまさら男だ女だの論争でもないが、女が女にインスピレーションを受けるというケースはそんなに多くはないのではないだろうか(私見だが)。それゆえ、同世代の彼女から受けるプロフェッショナルな刺激に、嬉しい驚きを禁じえずにいる。

いったん手に取ると、再びそれを陳列棚に戻すのは難しい。イヴが齧った果実の実は切ないほど甘く、同時にその甘味以上の強い毒性を含む。Zarah Voigt の手からうまれるジュエリーとまさに同じではないか。

www.copenlife.org に連載中。

http://copenlife.org/Joomla1522/index.php/essay/interviews/1594-1zarah-voigt.html

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