「七つの大罪」Vol.6 怠惰編 プログラムノート

✴︎ 怠惰編のプログラムノートでは(も)、乱暴な表現や目に余る言い回しが散見されますが、 全ては牧村英里子の不徳の致すところです。何卒ご容赦賜りますよう、平にお願い申し上げます。

 

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■ 即興風:休日の恵み

Eriko Makimura & Co. は、週の就労時間が168時間という世界最悪のブラック企業であ
る。日本にいる時は、午前0時まで日本の仕事をして、0時からは海外とのテレフォン会議に
入る。3, 4本の会議を終えてヤレヤレと思っていると、開け放した窓から始発の電車が走り
始めるのが聞こえてくる。夜明けのコーヒーを一杯淹れたところで、間もなく早朝の打ち合わせやリハーサルが始まってしまう。

海外ツアー中も、連日の公演、リハーサル、ビジネスミーティング、演奏会場見学、インタビュー、アーティストトーク、講習会開講、スピーチ、と休む暇がない。都市から都市の移動時間は原稿書きに追われる。

私はこの人権度外視も甚だしい企業のオーナー兼奴隷である。もちろん、奴隷である時間が圧倒的に長い。

一見「怠惰」の真逆を行く、勤勉に満ちた日々に思えるが、それは違う。もともと一時足りともジッとしていられない性格なだけで、やりたいことしかやらないという、頑固なまでの人生の生き方を選択しただけだ。やりたくないことは一切やらないワガママを押しきった日々を送ってもう何年も経つ。

つまり、私は自分の才の及ぶ範囲内で努力をしているに過ぎず、繰り返しを要する辛い訓練から逃避して、たかが知れている己の小才で日々を過ごしているに過ぎない、怠惰な人生を送っていると言える。

今宵の1曲目、「休日の恵み」は、休日というものの取り方が分からないと口癖のように言
う、勤勉に見せかけた己に対する強烈な皮肉からの幕開けである。怠惰編のプログラムが進むに連れ、今まで逃げてきた自分の最も苦手とする分野に乗り出して行く、序奏とも言える1曲。88伴との対峙の始まりである。

 

 

■ E. サティ:官僚的なソナチネ

官僚的=お役所仕事=マニュアルの繰り返し=怠惰。皮肉な曲名が怠惰編にピッタリというだけの、いわゆる「ジャケ買い」的に選んだ、恐らくクラシック界一ツマラナイ曲。内容ゼロ。足の指で弾いてやろうかと思うほど簡単。

しかし、楽譜の行間に書かれているフランス語をあぁ面倒だと思いながら翻訳にかけていくうちに、私は思いがけずこの曲の魅力にハマってしまった。朝になって役人が役所へ出勤し、夕方役所を後にするまでの1日の出来事が綴られているのだが、その内容があまりにもドライなユーモアに満ちており、サティのエスプリと皮肉、ナンセンスな諧謔にやられてしまった。

… それにしても、テクニック的には簡単なくせに、翻訳や作曲家がこれを書いた裏の意味の謎解きを含めて、いろんな意味で準備に時間がかかってしまった。なかなかに面倒くさい曲である。

 

Eriko Makimura er japansk pianist og sammen med din danser fortæller de om tidens trends i Japan gennem musik og dans.

Eriko Makimura er japansk pianist og sammen med din danser fortæller de om tidens trends i Japan gennem musik og dans.

(Photo: Helle Arensbak)

■ F. ショパン:雨だれのプレリュード

29歳11ヶ月2週間の時、スペインのマヨルカ島に飛んだ。なぜそこまで正確に年齢を覚えているかというと、島への旅の前日、人生最後のコンクールで私は再び優勝し、同時に聴衆賞を頂いたという鮮明な記憶による。国際コンクールの参加年齢制限は30歳であることが多い。もうこれで、コンサートで95%の音を外す自称ピアニストの審査員たちに審査される側に回らずに済む。私は競争と腐敗に塗(まみ)れた世界での苦しい20代をやっと終えることが出来るのだ。

受賞者記念コンサートの翌日、私は疲れた身体に佃打ってマヨルカ島へ向かう飛行機に搭乗した。恋人とだったか、ただの男友達とだったかは忘れたが、知る人のいない島で茫洋と時を過ごしてみたいと生まれて初めて思ったのだ。

しかし島での約1週間、私は自分でも驚くほど機嫌が悪かった。私の人生は他と比べたら多少ドラマティックでほぼ毎日狂騒の中にいるが、自分自身はいつもなかなかご機嫌に暮らしているつもりである。増してや、激しい20代を過ごし、これからようやく我が道を行ける30代突入前の僅か数日を、このエキゾチックな島でゆったり過ごして何が悪いであろう?

だが前述の通り、私は「休み方」というのが分からない人間である。この楽園のような島で、朝から晩まで一体何をすれば良いのか。

マヨルカに着いて3日目の朝。楽園を追われたイブのような気持ちで、私は泣いた。なぜ、楽園に来て泣いているのだろう。追われた訳ではなく、自らやって来たというのに。

こんなに何もすることがない島に、ヨーロッパ人たちは何を好き好んでやって来るのだろう。私はビーチでゴロゴロする以外、何をすればよいのか。トドではないのである。ああ、一刻も早くベルリンに戻って、毎日7つも8つも約束事がある日々に戻りたい…。

マヨルカ島が人気なのは勿論、そこでは何もしなくて良いからである。西洋人は日がな一日ビーチで身体を焼き、カクテルを飲み、自然に戯れ、シエスタを楽しむ。一夜か二夜か知らないが、情事もオープンである。

ある日、機嫌の治らぬまま自棄のように車で道を走っていると、思いがけずフレデリック・ショパン所縁の場所に行き合った。

1838年から1839年の冬、ショパンと彼の年上の恋人ジョルジュ・サンドはマヨルカ島に滞在した。ショパンの持病である結核が悪化しており、乾燥していて太陽も多いこの島で療養するよう医者に勧められたためだ。しかし、スキャンダラスな女として名を馳せていたサンドとの情事の噂がパリの社交界を席巻し始め、2人はその噂から逃げるためにこの島に逃避したのも、また事実である。

マヨルカ島に渡った恋人たちは、誰にも邪魔されずに音楽と詩的な霊感に満ちた愛の日々を送る筈であった。しかし、この芸術家2人は予想に反して、思いもかけずボタンを掛け違えたような鬱屈した時を過ごすことになる。天候も、2人が期待していたほど温暖ではなく、ショパンの結核は快復への道を歩んでいるとは言えなかった。

この「雨だれ」のプレリュードは、サンドが出かけた時に、ショパンが僧院の一室でいつ止むとも知れぬ雨が、雫となってポタポタと落ちるのを飽くこともなく眺めながら書いた作品だと言われている。雨の雫が滴るような左手のリズムが曲全体を支配している。アンニュイで優美な序奏、そして愛の終焉を微かに予測させるような不安感に満ちた中間部。出かけたきりの恋人ジョルジュは果たして自分の元へ帰ってくるだろうか。

愛情が永続する確証など、ない。

私の体はおそらく99%が情熱で成り立っている。しかし、その情熱の中に「倦み」が知らぬ間にひっそりと侵食してくるのが怖くて、無意識のうちにスケジュール帳を真っ黒にする生活を私は送り続けているのかも知れない。

 

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(Photo: Taeko Kasama)

 

 

■ F. リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調

誰もが知っている、超絶技巧曲のハンガリーラプソディ。弾けば(自称クラシックの真髄を理解し抜き、リストをエンターテイメント頼りの亜流作曲家と見なす観客以外は)絶対にウケてくれる。「いかにも」な、キャッチーで感傷的なメロディが散りばめられており、 グロテスクなほど技巧的な曲である。

この曲が怠惰編のプログラムとして選ばれた理由は、私の脳内に棲む意地の悪い小さいオッさんエリオがけしかけてきた故である。

ロマ特有の胸を締め付けるような美しいメロディー頼りで、音楽的な深みはない。サーカスのような技の連続の曲だが「こんなのはなんてことないと、シラっとした顔で弾いてみろよ、エリコ。この間知り合いのバーで呑んだくれて、完全に壊れただろう? あれだけ呑んで呑まれた後でも、この狂想曲がパラパラ弾けるくらい、普段から物凄い練習量をこなして鍛えてやがるんだろうな。怠惰の逆をいくとかヌかしておいて、まさか弾けないなんてないよな」と、オッさんエリオが嘲笑を投げかけてきたのである。

サソリ座の女の絶望的な特徴として、不条理な挑発をされると必ず受けて立つというのがある。挑発してきた相手をまず袈裟がけに一刀して、その後短刀で内臓を抉(えぐ)りに抉り、小腸や大腸だかを掴み出して相手の顔に投げつける。それが自分の内なる声からの挑発だとしたら、尚更である。

私はこの6月半ばまで、19日間で9公演4演目という、気の遠くなるようなヨーロッパツアーで死闘の限りを尽くしてきた。ツアー中も怠惰編の構想を練り続け、日本帰国後すぐ準備に突入したが、体調の戻らぬままの何時間にも及ぶ日本での稽古の日々は辛かった。

小さいオッさんエリオは今日の開演前、楽屋で鹿児島産芋焼酎1本をラッパ飲みするであろう。その上で、ロマたちの血に流れる原始的な激情そのものを現したこのメロディーを、彼女たちの魂が憑依し、かき鳴らすかの如く、私は弾くことが出来るのだろうか。

敵は本能寺(内なるオッさんエリオ)にあり。新たな挑戦の、

「時(土岐)は今」

 

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(Photo: Ramona Macho)

 

■ JAPANESE CHAMBER CABARET:Shamans「或る日本の家庭の場合」

マキムラエリコよ、汝は2歳からピアノを弾き続けている。成人式を終えて早幾年となった今でも、それを職業としてまだ弾いている。しかし、ピアノを弾くだけで、ただそれだけで人生を終えて本当によいのか?

日本は○○道が大好物の国である。1つの道を邁進しそれを極めてこそ、その人物はプロ中のプロだと尊敬を一身に集める。

確かに、ピアノ1本で人生を全うするのも1つの素晴らしい道であろう。しかし、ピアノのハンマーを折るほどの情熱をピアノに傾けながらも 、同時にもっと様々なことに挑戦してもよいのではないか。その代わり、本業がイマイチなので色々なことに手を出す邪道ピアニスト、などと絶対言わせないため、ピアノの練習は今までの3倍はやってやろう。精進し尽くして、上達に上達を重ねてみせる。

今年1月に開催された「七つの大罪」Vol.5 強欲編でのアンコールを弾き終わり、カツカツとヒール音を響かせて舞台袖に戻りながら、私は既に今日の怠惰編のことを考えていた。

私はそこで自らに誓った。サソリ座のオンナである反骨精神の塊のエリコよ、いっその事、怠惰編は「怠惰の真逆」で攻めてみては如何なものか。

世界で一番嫌いなことをやる。身体がもげるほど鍛錬を積んで、何か新しいことをやってのけてみたい。それは一体何か。

間違いなく、肉体トレーニングであろう。

このナマッて腐りきったカラダ、怠惰編までに鍛え上げてみせようではないか。

またサソリ座の話かと思われるであろうが、この星の元に生まれた女性は、いったん決意すると脇目もふらずゴールに向かってただひたすら突進するきらいがある。頑ななまでに自分に対して頑固で、同時にマゾキストなのだ。

というわけで、今年3月より本日のゲストパフォーマー、巖良明氏のレッスンに通い始めた。巖氏とは今からちょうど1年前に知遇を得、Vol.4 「高慢編」のゲストパフォーマーとしての出演を快諾してもらった。

その当時、私にはもう10年以上演じたくて仕方がないジョン・ケージの曲があった。4名の演者による、リズミックで演劇的要素を多分に含んだ曲で、恐ろしく難しい。

初対面の折、巖氏は「自分は楽譜が読めないが、それでも大丈夫だろうか」と尋ねてきた。クラシック界の全友人を失う覚悟で書くが、私は長年夢見ていたこの曲を頭カチカチのクラシック音楽家と演じる気は全くなかった。その悲願が叶い、巖氏を含む「俺なんでもやります」の日本人ジェントルマン2名と「私なんでもやります」の北欧女性1名、そして私を加えた計4名による共演が実現した。

最初のミーティングで、私は巖氏ともう1人のジェントルマンに楽譜の読み方を説明した。2人は20分ほどフンフンと聞きながらメモを取り、その10分後にはなんとリハーサルが開始されたのである。

ピアノ以外の努力は一切したくない私だが、しかし楽譜の読み方を20分で覚えて、30数年間ピアノを弾いている私と同舞台で見事にパフォーマンスを務め上げたこの共演者相手に、私はハローキティのようにカワイ子ぶって「こんなのできなーい♡」などと言ってよいのだろうか。

巖氏の初回のレッスンでは、文字通り死んだ。腹筋200回、ブリッジ、背筋100回、ラバーバンドを使った地獄の黙示録的サディスティックな根幹強化訓練。

翌日は、階段を一段も上がれないほどの筋肉痛が身体中を駆け巡った。翌々日のリハーサルでその事を訴えると、「あんなの、基本中の基本どころか、基本レベルでさえないですよ」と真顔で言い放った巖氏の言葉に、私は久々に後悔を感じて床でのたうった。「ああ、怠惰の真逆を行くなどと誓わなければよかった…」と。

しかし、巖氏にハッパをかけ続けて貰ったおかげで、今日まで私にしては頑張ったと思う。このプログラムノート入稿時点で、身長171cm、体重52kg、体脂肪率は17%まで絞った。本番まであと少し絞りたいものである。

今宵の怠惰編が終われば、私はまた生来の怠け癖からトレーニングも食事制限も放棄して、体重も体脂肪もリバウンドしていくのだろう。食べたいものを食べ、お酒も飲みたいだけ飲む。

だが、世の中はうまく出来ている。七つの大罪のグランドフィナーレにあたるVol.7のタイトルはなんと「飽食編」である。私は今宵のコンサート「怠惰編」が終わるや否や、酒池肉林の世界に入り、次回の「飽食編」の準備にかかる、世界一勤勉なピアニストなのだと世界に叫びたい!

(追記)
Shamans: 「或る日本の家庭の場合」が産まれた背景は、牧村英里子のウェブサイト、
www.erikomakimura.com に詳細を掲載しています。宜しければ、ご高覧ください。
内容を一言で表せば「ピアノ(仕事) か家庭か」の風刺とバイオレンスに満ちた葛藤劇です。

 

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(Photo: Eriko Miura)

 

■ F. ショパン:エチュードより Op. 10-9, Op. 25-10, Op. 10-12

ちょうど15年前の夏のこと、私はベルリンで芸大入試に挑んでいた。前もって知人に入試要項の英訳を頼み、それに従って課題曲4曲の準備を周到に重ねてきた。

しかし、試験会場に入った私は入試会場で審査員から、「なぜ願書には4曲しか書かれていないのか。ショパンのエチュードが抜けているじゃないか」と問い詰められ、愕然とした。課題曲は5曲あったのだ。まるで、センター試験5科目受験のところ、「英語」教科の準備を丸々忘れて試験会場に向かったようなものである。私の顔色は蒼白を通り越えて、御影石色に黒ざめた。

知人の送ってきた入試要項の訳を鵜呑みにして、私はダブルチェックを怠ったのだ…。

言葉も出ない私に、審査員は「エチュードを準備していないなら仕方ないね。では来年会いましょう。Auf Wiedersehen (さようなら)」と追い払うように手を振った。受験生は何百人にも及ぶのである。課題曲を用意し忘れた大バカ者の小娘に用はない。

状況を理解した私は、自分のあまりの大バカぶりに怒り狂い始めた。生まれたての子ヤギかの如く、脚に震えが伝う。

渡独前、私は背水の陣を敷いていた。入試の倍率は非常に高く、しかも日本の大学院を出てからの留学のため、他の10代の受験生より年齢的にハンディがあり、しかもヨーロッパで最も人気の高い音楽大学入試である。合格は予測がつかない。しかし、私は日本で使っていたピアノを売り払い、楽譜と多少の衣服以外は持ち物も全部処分して、ベルリンでの留学以外は道のない状況へ自分を追い込んでいた。日本でのコンサートのオファーも全て断っていた。

そのような状況で、課題曲の1曲を準備し忘れたとてこのままスゴスゴと日本に戻り、来年の受験まで待てるわけがない。更に、来年はもう1つ歳を取ることになり、できるだけ若い生徒が欲しい大学での合格はほぼ絶望的である。

大バカ者の自分への落とし前は、大バカ者自らが付けねばならない。

審査員の1人が見るに見かねて、10分だけ時間をあげるから、その間に受験にトライするかどうかを決めろと言う。私は「Ja(はい)」と答えるや否や走り出し、練習室の1つのドアを蹴り飛ばした。

中ではロシア人の女の子が練習しており、驚きのあまりポカンと口を開けて私を見つめていた。私は英語で、一生のお願い。10分だけ私に練習させてと土下座して懇願した。彼女は土下座姿を見て完全に気を飲まれて練習室を出て行った。

ショパンのエチュード。これを弾かずして、また弾けずしてピアニストにはなれぬ。テクニック、表現力、優美さ、緻密さ、ドラマツルギー等、音楽家としてのありとあらゆる必須要素が凝縮された、難物中の難物である。李朝の白磁のような、全24曲の稀有の傑作。

めまぐるしく思考を巡らせ、その中の1曲を選択すると、10分間、無の境地で弾きに弾いた。そして、受験会場に戻った。

本番で、どのように演奏したのかはよく覚えていない。しかし、人間は追い詰められると恐らく凄まじい力を発揮する潜在能力があるらしい。何がどうなったか、私はその時に一生分の運を使い果たして、後日合格通知を受け取った。受験後の審査員評議会では、あのジャパニーズガールは、本当はエチュードを準備していたのに、我々に印象づけるためにわざと準備していないフリをしていたのではないか。そうでなければ、あんなに弾ける訳がない、と穿(うが)った意見が出たと漏れ聞いた。何とでも言うがいい、と狭量な審査員を鼻で笑う若さに驕った自分がいた。

日本でピアノ馬鹿になりきって、毎日の死ぬほどの練習がモノをいって、よい結果がもたらされた。「勤勉」とは素晴らしい。

… と、美談で終われる私ではないのは周知の事実である。私はその後、それまでの努力や犠牲に対してクソ喰らえとばかりに、ベルリン芸術大学に入学してからの半年間、遊び狂うのである。正確には、半年間 × 24時間である。クラブやバーはいつの間にか顔パス、左手の手首にはいつもクラブ入店時に押されるスタンプの跡があり、それを見るたびに教授は苦虫を噛み潰したような顔であった。必須とされていた語学力は、夜の世界で地元のベルリーナーたちとスラングだらけのドイツ語や英語で話すことで格段に上がった。しかし、品行方正な芸大の学生たちとは全く合わず、大学内では大して友達は出来なかった。

半年間遊び狂うと、私は憑き物が落ちたようにまた音楽の世界へと没入していった。

それにしても、あの日々は一体何だったのだろう。ピアノは確かに怠けきったが、しかし今思えば人生の中の半年くらい惚けたところで何ということもあるまい、と開き直った自分がいる。

… いや、やはりあの半年間のツケは大きかった気がする。甘いな、牧村英里子…。

 

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(Photo: Lone Israelsen)

 

■ F. ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23

小4の時に、ショパンのバラード第1番に恋に落ちてしまった。今までもう何度も演奏してきたので、目を瞑ってでも弾ける。十八番中の十八番をプログラムに入れて出演料を貰うというのは、例えて言うなら、父祖伝来の価値ある壺を見せるだけで拝観料を取る阿漕(あこぎ)な商売のようで、罪悪感さえ覚える。

しかし、敢えて、だからこそ。何百回と演奏していても、観客に訴えかけるような、まるで今日がプレミアの如く緊張感ある清澄な演奏が出来るか挑戦してみたい。今夜のプログラムは怠惰の間逆を貫いたスーパーハードコアな内容なので、この曲に行き着くまでに私は満身創痍であろう。それでも、研ぎ澄まされ抜いたバラードを会場に鳴り響かせることが出来るのか。

裸一貫、この曲に心を鷲掴みにされた小4の昔へ還り、怠惰編最後のナンバーを渾身振り絞って弾ききりたい。

(プログラムノート:牧村英里子)

 

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