Program Note for Piano Recital “Masochism Tango” (2nd half)

B6

John Cage

Bacchanale for Prepared Piano      8′

Johnは恋人のMを深く愛していたので、彼の要求には全て素直に従った。

Mは次第につけあがり、どんどん傲慢になり、やがて手が付けられないほどになった。

JohnはしかしMを盲目的に愛し続けた。

Mは冷酷の道をひた走った。

Johnの目の前でも平気で他の男と寝た。

ある日、いつものように衣服を全て脱いだMがJohnに囁くように命令した。ピアノ線の間に釘を詰め込んでおいで、と。

ついでにボルトやナットやプラスティックもね。そうしておいて何か弾くんだ、昨夜僕が寝た若い男のために。

Johnは逡巡し、躊躇した。

しかし、Mの眼に宿る猟奇的な朱色の輝きが彼に否を言わせなかった。

結局JohnはMの言うままピアノに向かい、ありとあらゆるガラクタをピアノ線に詰め込み始めた。

自分の墓石に自ら死亡年月日を彫り込んでいる心地がした。

こうして彼は、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ブラームス、そしてバッハをも殺戮することに成功したのである。

1940年はこうして暮れた。

B5

A Room  2′

男には非常に美しい妻がいた。

その妻は、名人が彫った弥勒菩薩のような優しさと妖しさと冷たさのある顔をしている。

頰骨が高く、鼻筋も男のそれのようにしっかりしているが、上唇が丸く捲(まく)れているので、全体的には非常に女らしい印象を人に与える。

二重の目尻が彫刻刀で彫り込んだかのようにぐっと切れ上がっており、その上に弓なりの眉が長く伸びている。

普段は薄茶色のその眼は、太陽の下では琥珀のように黄色がかって見えて、まるで日本画家が仏陀の絵の両眼に、最後の仕上げとして紙の裏から注意深く金泥を施したような、そんな虹彩を帯びるのだった。

髪は漆黒で、肌はこっくりした蜜色をしている。

彼女に一体どれだけの民族の血が混じっているのか、彼女自身も知らなかった。

夫が、じゃあと言って家を出ると、その美しい妻は広大なアパートに一人ぽつねんと取り残された。

暫くすると彼女はベッドから手を伸ばし、サイドテーブルのデキャンタとグラスを掴み、自分の眼と同じ色の液体を二杯立て続けに飲み干した。

夫は三日間は帰らぬらしい。

B3

Eriko Makimura

Variations on A Theme of “A Ringtone”   12′

自分の恋人が来ているシャツの柄が或る日を境に我慢ならなくなるように、起居する街の醜悪さにこれ以上どうしても耐えきれなくなる時がある。

あらゆる建物との調和を拒むオペラハウス、ミニマリスティックを追求し過ぎて却って息苦しいほどの主張に満ちたリビング、崩壊するロジック、バスの配色、Øの発音、おそろいの携帯の着信音・・・。

完璧な造形美の象徴としての金閣寺は(三島由紀夫によれば)それが消滅することでその美を完遂する運命にあったので、若い寺僧によって放火され、炎上してしまった。

ならば、もともと醜悪極まるもの、携帯の着信音などは、凡才の手で滑稽なほどのその醜悪を思い切りデフォルメして嗤(わら)うほかないではないか。

B1

Maurice Ravel

Menuet Antique   4′

世間はルクレツィアと兄のチェーザレの関係についていろいろ取り沙汰しているようだが、もしその関係というのが性交の有無を意味するのならそれは全く事実無根の噂に過ぎない。

ただ、二人は性交よりも何倍も罪深いことをしてしまっただけなのだ。

ところで、ルクレツィアはメヌエットを聴くのが好きだ。

メヌエットは彼女に深い安心感を与えてくれる。

それは喩えて言うなら、鉄の下着を履かされ、カチリと鍵をかけられた瞬間に感じるのと同質の安心感である。

本能は今や完全に封された。

血の気の全く通わぬ白蝋の頬に、思わず笑みが溢(こぼ)れた。

B2

Manuel de Falla

Spanish Dance  4′

『はかなき人生』などと自分のオペラに名付けたManuel de Fallaという作曲家は、案外詰まらない男だったのだと思う。

B8

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