Concert Review Vol.3 “影の無い女” at Operaen Store Scene”

第3回目はOperaen Store Scene での 『影のない女』 (シュトラウス) をレポート。

kbinden uden skygge

(photo: via http://j.mp/luzJzi)

『夢遊病の女』、『薔薇の騎士』、『売られた花嫁』、『バッカスの巫女たち』、『恋の妙薬』・・・その名を聞くだけで、観劇への衝動を抑えかねる、というような魅力的な題名を関するオペラが幾つかあるが、リヒャルト・シュトラウスの『影のない女』はその際たるもの。

ドイツに6年以上住んでいたわりに、イタリアオペラを好み、ワグネリアン(ワーグナー狂)とはほど遠いところにいるのだが、ことリヒャルト・シュトラウスに関しては例外だ。

彼の『サロメ』、『エレクトラ』、『ダフネ』 などのオペラでは、その題材と彼の作曲法でしばしば見られる独特の不協和音進行が放つ官能性、そしてドイツ語の高潔で少しメタリックな響きが混ざりあっ て、更に恍惚とするような瞬間を生み出し、結果的に深い陶酔感を得られるのはイタリアオペラよりもシュトラウスを観劇した後のほうであったりする。

霊界の王の娘である皇后には影がない・・・。

狩りに出ていた皇帝は、美しい娘と出会い愛し合うようになり、結婚する。皇后には影がない。影がないために子供を産むことができない。娘を人間に奪 われたくない父王カイコバートは、毎月使者を送っては、娘に影のないことを確認する。今月もま た、皇后には影がない。王は安心する。なぜなら霊界の女と結婚した人間は、1年以内に子供ができないと石になってしまう。そうすれば、カイコバートは愛す る娘を取り戻せるのだった。或ることからこの事実を知った皇后は、影を買う旅に出る決意をした・・・。


Hugo von Hofmannsthal の台本になるこのオペラには、グリム童話に共通する残酷さがある。子供を産ませないようにと毎月使者を送る父親など、思わず目を背けたくなるような設定であるが、それゆえ内包するドラマ性は非常に深く、演出家によってどのようにも料理することができる。

演出は Kasper Holten の手による。40歳にはまだ間があるというのに、既にOperaenのアーティスティック・ディレクターの地位にある。 彼が演出する作品をデンマークの批評家たちが毎回こぞって絶賛するので、早く見なければと思うまま今日まで来てしまった。

指揮は主席指揮者の Michael Schønwandt。彼はベルリンシンフォニーオーケストラでも6年間主席を務めていた。

上演時間は3時間で、25分休憩が2回の3幕構成。約4時間、Operaen で贅沢な時間を過ごすことになる。日曜日の公演のチケットを手に入れ、ボートで Operaen に渡り、プログラムを受け取って開演までざっと目を通す。

幕が上がった。

まず、オーケストラピットに座る団員の数の多さに驚く。マーラーやブルックナーのシンフォニーを演奏する、と言われてもおかしくないほどの大編成。シュトラウス作品の特徴を決定付ける金管楽器奏者が、ずらりと後方に勢ぞろい。

舞台はといえば、背景に使われる斬新極まりないビデオ映像、縦に長いステージを利用した立体的舞台装置、そして高度なライティング技術が見事にシン クロし、類を見ないほどの高い3D効果を上げている。特に、キーワードである「影」をクリエイトする演出手腕の鮮やかさに息を呑まれる。

皇帝役の Johnny van Hal はオランダ生まれのスウェーデン育ち。ワーグナーはじめドイツもののレパートリーが豊かで、1993年よりデンマーク王立オペラでの公演を務めているとのことだから、ベテラン中のベテランと言ってよいだろうか。

皇后役の Sylvie Valayre は パリジェンヌ。バスティーユからほんの数歩といった場所で育ち、4歳のときに既に「舞台以外に自分の進む道はない」と決意したと語っている。

歌手については個人的にかなり好みがあり、自分でも面倒だと思うことがしょっちゅうあるが、この『影の無い女』に関して言えば、シュトラウスの音 楽、台本、演出があまりにも強烈な魅力を放出しているため、歌手たちについて今細かく書くことができないほど、総合的にこの舞台を楽しんだということに呆 然と気づく次第だ。

皇后、皇帝以外に、皇后の乳母、皇后と乳母が影を求めてゆく先の染物師、バラク夫妻が主なキャストであり、歌はもちろんのこと、演技力もかなり要求される。

途中、鍋の中で料理されている魚が、「胎児の歌」を歌うシーンがあるのだが、その歌声があまりにも透明なのが却って不気味で、一種凄惨ですらある。舞台裏に子供を配して歌わせるのだが、「お母さん、影をみて!なんて美しい!」という無邪気な歌詞と揺蕩(たゆた)うようなメロディーに、血の気がすーっと引くような感覚を覚える。

・・・少々筆が滑り、詳細に過ぎて不粋に思われる方もおられよう。シュトラウス独特の官能・退廃性は観て聴いて感じるもので、読むものではないのかもしれない。

オペラは歌手と子供たちの澄み切った歌で幕を閉じた。3時間におよぶ不協和音の旅のあと、シャープもフラットもつかない、素朴なハ長調で終わったのが象徴的であった。形而上的世界は存在する、そんな気持ちにさせられたエンディングだった。

リヒャルト・シュトラウスは第2次世界大戦後、非ナチ化裁判にかけられた。最終的には無罪の判決が言い渡されたが、80歳になって人類史上最悪とも 言われる無差別殺戮の一端を担った容疑で裁判にかけられ、法の制裁はなくとも社会的制裁を墓場に行くまで、そして行った後も受け続けたシュトラウス。しか し、彼の音楽から政治臭はしない。腐臭漂うような惨いシーンでさえ、どこまでも神秘的で妖しく,そして清冽だ。

オペラ、『影の無い女』は2011年6月14日まで、Operaen Store Scene にて公演。どうかお見逃しのないよう。

牧村英里子

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