A One Week in August, 2014

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image8月某日(日)
ここ2日間、東京に滞在している。スウェーデン人の友人が出張でこの街に滞在中というのに加え、またコペンハーゲンで出会った友人たちも、会ってくれるというので、皆で再会を祝すためだ。全くもって休みが取れなかった私の、2日間の夏休み。
私は、タガが外れたようにはしゃいで、朝から夜中まで姦(かしま)しくおしゃべりを続けた。夏の思い出をこの2日間に凝結させるべく、焼肉屋さんに言っては笑い、合羽橋でお買い物をしては笑い、蕎麦屋に入っては笑い、お友達が腕を振るって素晴らしいディナーを作る横でふざけては笑い転げ、夏休みは終わらないと信じる小学生のように、はしゃぎ尽くした。
次は、友人の住むストックホルムで再会したいと願いつつ、私は東京駅行きのバスに乗った。待ち合わせ場所に向かう。
こぼれるような笑顔でこちらに向かって手を振っている方がいる。前回神戸でお目にかかってから、約1ヶ月ぶりの邂逅。
白ワインで乾杯する。ワインの向こう側には、理知的で本当に美しいお顔。
この方は、今の時勢上、最も必要とされており、超多忙なジャーナリスト・作家である。
この方とお会いしてお話をする度に、私の小さな逡巡や迷いは霧散し、この道を歩んで行ってよいのだ、という強い確信と信念が新たに生まれる。
脳がジンジン刺激を受け、ほとんどエクスタティックなまでに活性化されてくる。
いつまでもお話していたいが、やがてタイムオーバー。私は明日の朝、コペンハーゲンへのフライトが控えている。成田空港近くのホテルに部屋を取ってあるので、今夜中にチェックインしなければならない。
電車に揺られること1時間。午前1時にチェックイン。
8月某日
結局、一睡も出来ぬまま朝を迎える。昨夜も含めたこの週末の興奮を鎮めることが出来なかったようだ。ホテルのバスタブに湯をたっぷり溜めて、ブクブクと沈んでみる。
これから2週間半、また息つく暇もない日々が待っている。大丈夫だろうか。
飛行機は無事成田を離陸し、これまた無事コペンハーゲンに着陸した。
夜は、会いたかった友人と早速再会を果たし、タイレストランでトムヤムクンやヌードルを山のようにテイクアウトして、部屋に持ち帰る。近況をキャッチアップ。
新しいことに果敢に挑戦する彼女は、強くしなやかだ。
8月某日(火)
フォトグラファーと朝食ミーティング。
彼女は私より大分年下だが、Age is just a number. とはよく言ったもので、楽しく付き合っている。
もうすぐ来日を控えており、細々とした打ち合わせを重ねる。そして、来年は2ヶ月間の大プロジェクトを共にするので、それについてもディスカッション。
午後は、デンマークでのマネジャーを引き受けてくれている友人宅に行き、日本から持って来ている数々の仕事を一緒にやっつけてゆく。
美味しい夕食をご馳走になり、私は猛烈なジェットラグにやられ、地に頭がめり込むほどの睡魔で、自分の目がどこに付いているかも分からなくなってきた。ゴメンね・・・と呟きながら、寝落ち。彼女はその後も遅くまで作業を続けていた。
8月27日(水)
午前中は資料作成と、週末のショーのためのプログラム最終案の決定。午後からはレッスン。
中学生の生徒とは、指折ってみれば既に5年の付き合いとなる。
“Two Women!” 私たちがピアノの前に仲良く並んで座り、何やら熱心に話し込んでいるのを見て、彼女の父が笑顔でそう言った。
先生と生徒と言う枠を超えて、私たちはいろいろなことを共有する。
彼女が小学生の時、学校で「私の理想の人」という題材でエッセイを書く課題が出たことがあった。級友たちがマイケル・ジャクソンやハリウッドスターを取り上げる中、彼女は私を選んでくれ、堂々とプレゼンをした。「私の理想の人、それは私のピアノの先生、エリコです」から始まるエッセイを読んだ時、湧き上がるような歓びと、大した人間ではない自分を羞じる思いが激しく交錯し、レッスンの帰り途に涙がとめどなく流れたのを覚えている。3年前の話だろうか。
修羅の中でもがいていた時期である。
8月28日(木)
8月某日(金)
午前10時。Nikolaj Kunsthalで2日後に催される大晩餐会に出演するアーティストが一堂に会してのミーティング。
7アーティストが前菜や、スープ、メイン、デザートといったメニューが供されるごとに、それぞれ10分ほどのショーを繰り広げて行く、パフォーマンスアートを取り入れた非常にユニークなイベントである。
つい先ごろまで日本にいて出遅れている私は、今日のこのミーティングで、会の流れ、人の動き、自分の役割の全てを把握しなければならない。
会場に着くと、見知った顔が多くあり、心強くなる。
進行係の男性はイベント開催のプロで、水際だった働きをしてくれるので、私はぐっと気が楽になった。共演アーティストたちも非常に親切で、1時間半のミーティングでほぼ概要を掴むことが出来た。
その後、共演者の1人で、私の親友でもあるアーティストとランチ。
彼女との縁は、4年前の私の衝動から始まった。
私のコンサート来ていた彼女を見て、私はその圧倒的な存在感と美に、全くもって驚愕しまった。
北欧には、いわゆる西洋的な価値観で言うところの美人は多い。しかし、彼女のほとんど日本の藍色のような目、くっきり意思的な眉、か細い肩、持て余すほど長い脚、そしてライオンのタテガミのような北欧人には珍しい非常に硬質の長いブロンドヘアは、アンバランスな強烈な個性となって私の目を釘付けにした。
私は当時のボーイフレンドにあれは誰かと尋ね、人物を確認すると、彼女のメールアドレスを彼から聞き出してその日のうちにメールを書いた。私がいかに彼女の圧倒的な存在感と美に衝撃を受けたか、そこにいるだけで周りのものを魅了して視線を外すことが出来ない存在とは、どれだけインスパイアされるものか等々、連々と書き綴った。
メールを受け取った彼女は面喰らったに違いない。私も後から自分の書いた文を読み返して、思わずのけぞった。どう読み解いても、これでは熱烈な恋文である。
そして4年後の現在。私たちは素晴らしい友人関係を築き、今や一緒にプロジェクトを推進する仕事仲間でもある。ありがたいことだ。
・・・じゃあ2日後に!と彼女と別れ、私はデッドラインが迫った企画書を夜の会食までに仕上げてしまおうと、カフェで集中する。
家に戻り、夜の外出の支度をしながらも、文章の「てにをは」を直す。右手でキーボードを打ち、左手で口紅を引く。
タイムオーバー。歩きながらも草稿を読み返し、デザイナーとの会食場所へ向かう。仕事続きのため今夜は飲まないと決めていたが、相手がお酒抜きでも十分過ぎるほどに楽しい相手なため、全く問題ではない。
ところが、食後にこのレストランのオーナーがやって来て、会話に加わった。話が弾み始め、どうやら腰を据えて話す雰囲気だ。
ついに彼は、ウェイターにレストランで最もいいシャンパンを開けるように命じた。ああ、今夜も長くなりそうだ・・・。
コペンハーゲンというのは、お酒で人とが人とが密になってゆく魔都だ、と書こうとしたが、よく考えれば日本のだってそうだ。ロシアも、ドイツも、フランスも、そしてイタリアだって。
8月某日(土)
朝、目が覚めると、左手に奇妙なものを握っていることに気づいた。何かの種のようで、3cmほどのポケット型をしており、表面に柔らかそうな和毛が生えている。レストランのオーナーにもらったものだと気づいた。
これにそっとナイフを入れて中の実を取り出し、それをトリュフのように削って食べる。昨夜、レストランのオーナーがそうやって食べさせてくれた。芳ばしい香りがして、とても美味しい。何という名の実だったか、教えてもらったのにすっかり忘れてしまった。
午前中は、明日のショーのための買い出しに出て、午後は練習に当てる。雨で
ひんやりと肌寒く、久々に作ったホットココアで一息いれた。デヴィッド・リンチの映画のサントラを弾きちらす。
8月某日(日)
大晩餐会当日。この日は大雨で各地が浸水し、コペンハーゲンは大混乱の様子。大きなコンサートやショーのがある日はいつもこうだ。道が閉鎖され、大荷物を抱えた私は途方にくれて、タクシーを拾った。いつもの3倍時間がかかる。
会場のNikolaj Kunsthalは私のお気に入りのヴェニューで、初めて弾いたのは2年前のファッショウィーク中のショーでのことだ。
今夜のパフォーマンスアートを取り入れた大晩餐会は非常に人気で、もう1ヶ月前あらチケットはソールドアウト。奇才アーティストたちが案を出し、技術者たちがそれを実現可能か討議し、ショーを形作ってゆく。
数百人のゲストが到着し、大晩餐会は開会のベルとともに幕開いた。
ショーの様子はコチラから→
私は今回は演出はせずとも良く、弾くことに専念する仕事だったので、純粋に楽しむことが出来て、非常に愉快な一夜だった。愛するドラッグクイーンの友人との久々の再会もあり、アーティストとの新たな出会いもあり、実りの多い経験だった。
8月某日(日)
ここ2日間、東京に滞在している。スウェーデン人の友人が出張でこの街を訪れているのに加え、コペンハーゲンで出会った東京組の友人たちも揃って予定を空けてくれたので、皆で再会を祝すために上京。2日間の夏休みだ。

スウェーデンの友人とは、2002年にベルリンで知り合った。私たちは出会った日から意気投合し、数年後にははなんと一緒にショーを開催するに到るまでとなった。

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(アートフェスティバルでの一夜)

私の古くからの友人と、数年前に知り合った新しい友人が、一緒になって大笑いを繰り返しているのを見て、こんなに嬉しいことはあるだろうかとしみじみ思う。

別れを惜しみつつ、次はストックホルムで会おうと再会を約束し、私は東京駅行きのバスに乗った。

混み合ったバスの中。先ほど靖国神社の骨董市で、デンマークの友人たちのために山のような土産を買ってしまった。バッグの中でぐい呑みやお皿や漆器や花瓶が、バスの揺れるたびにカタカタと鳴りづめに鳴る。信じ難いほど、重いバッグ。東京中探したって、こんなに重いバッグを肩から下げている人などいないだろう。みな、流行のバッグか若しくはクラシックな美しいフォームのバッグを持って、颯爽と歩いている。

丸ビルに着くと、こぼれるような笑顔でこちらに向かって手を振っている方がいる。私は20kgはあるであろうバッグを引きずりながら、そちらへ走った。

レストランへ入り、モヒートで乾杯する。グラスの向こう側には、理知的で本当に美しい笑顔。前回神戸でお目にかかってから、約1ヶ月ぶりの邂逅だ。

この方は、今の時勢上、最も必要とされており、超多忙なジャーナリスト・作家である。

お会いして一緒にお話をするたびに、私の小さな逡巡や迷いは霧散し、ああ、やはり今歩んでいるこの道を進んでよいのだ、とか、いや、このままこの位置に安住していはいけない、という強い確信と判断を、自ら断ずる力を与えてもらえるのだ。

脳がジンジン刺激を受け、ほとんどエクスタティックなまでに活性化されてくる。

いつまでもお話していたいが、やがてタイムオーバー。私は明日の朝、コペンハーゲンへのフライトを控えている。成田空港近くのホテルに部屋を取ってあるので、今夜中にチェックインしなければならない。

電車に揺られること1時間。午前1時にようやくホテルに到着。

8月某日(月)
結局、一睡も出来ぬまま朝を迎える。昨夜も含めたこの週末の興奮を鎮めることが出来なかったようだ。ホテルのバスタブに湯をたっぷり溜めて、ブクブクと沈んでみる。

これから2週間半、息つく暇もない日々が待っている。大丈夫だろうか・・・。

私の心配をよそに、飛行機は無事成田を離陸したし、これまた無事コペンハーゲンに着陸した。

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(Finnairのロゴは、本当によくデザインされていると思う)

夜は、会いたかった友人と再会。タイレストランでトムヤムクンや春巻、ヌードルを山のようにテイクアウトして、部屋に持ち帰る。近況をキャッチアップし合った。

新しいことに果敢に挑戦する彼女は、強くしなやかだ。

8月某日(火)
フォトグラファーの友人と、朝食ミーティング。

彼女は私よりグッと年下だが、Age is just a number. とはよく言ったもので、何のへだたりもなく、楽しく付き合っている。

そのフォトグラファーはもうすぐ来日を控えており、スケジュールなど細々とした打ち合わせを重ねる。日本という類まれな、歴史と文化が幾重にも複雑に層を成す国を来訪することで、新境地を開拓するであろう彼女の作品を、私は今からひどく楽しみにしている。

そして、来年私たちは2ヶ月間の大プロジェクトを共にするので、それについてもディスカッション。

午後は、デンマークでのマネジャー役を引き受けてくれている友人宅に行き、日本から持ちこした数々の仕事を一緒にやっつけてゆく。

美味しい夕食をご馳走になっているあたりから猛烈なジェットラグにやられ、地に頭がめり込むほどの睡魔で、私は自分の目がどこに付いているのかも分からなくなってきた。ゴメンね・・・と呟きながら、失神するかのように寝落ち。彼女はその後も遅くまで作業を続けていた。

8月某日(水)
午前中は資料作成と、週末のショーのためのプログラムを最終推敲。午後からはレッスン。

この中学生のお嬢さんとは、指折ってみれば既に5年の付き合いとなる。先生と生徒と言う枠を超えて、私たちはいろいろなことを共有する。

“Two women sitting together!” 私たちがピアノの前に仲良く並んで座り、何やら熱心に話し込んでいるのを見て、彼女の父が笑顔でそう言った。

彼女が小学生の時、学校で「私の理想の人」という題材でエッセイを書く課題が出たことがあった。級友たちがマイケル・ジャクソンやハリウッドスターを取り上げる中、彼女は迷うことなく私を選び、皆の前で堂々とプレゼンをした。「私の理想の人、それは私のピアノの先生、エリコです」から始まるエッセイを読んだ時、湧き上がるような歓びと、大した人間ではない自分を悲しむ思いが交錯し、レッスンの帰り途に堪えていた涙がとめどなく流れたのを覚えている。3、4年前の話だろうか。

修羅の中でもがいていた時期である。

8月某日(木)
朝起きたら、日本からの嬉しいニュースがメールボックスの中に入っていた。ここ数年、実験的に試していた内容の企画だが、どうやらカタチになり始めたようだ。

今日もあっという間に1日が終わってしまった。ありがたいことに、友人の獅子奮迅の働きにより、日本の仕事が一段落した。

世界中、もう足を向けて寝られない恩人だらけである。丸く体操座りをして眠らなければならない日は、そう遠くはない。

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(今回はお蔵入りとなった写真の1枚。昭和なメイクとメデューサのような髪)

8月某日(金)
午前10時。Nikolaj Kunsthalで2日後に催される大晩餐会に出演するアーティストが一堂に会してのミーティング。

7アーティストが、前菜や、スープ、メイン、デザートといったメニューが供されるごとに、それぞれ10分ほどのショーを繰り広げて行く、パフォーマンスアートを取り入れた非常にユニークなイベントである。

つい先ごろまで日本にいて出遅れている私は、今日のこのミーティングで、会の流れ、人の動き、自分の役割の全てを把握しなければならない。

会場に着くと、見知った顔が多くあり、心強くなる。

進行係の男性はイベントのバックステージを司るプロ中のプロで、水際だった働きをしてくれるので、私は気が楽になった。共演アーティストたちも非常に親切で、1時間半のミーティングでほぼ概要を掴むことが出来た。

その後、共演者の1人で、私の親友でもあるアーティストとランチ。彼女との縁は、4年前の私の衝動から始まった。

2010年2月。私のコンサートを聴きに来ていた彼女を見て、私はその圧倒的な存在感と美に、全くもって驚愕しまった。

北欧には、いわゆる西洋的な価値観で言うところの「美人」は多い。しかし、彼女のほとんど日本の藍色のような目、くっきり意思的な眉、か細い肩、持て余すほど長い脚、そしてライオンのタテガミのような、北欧人には珍しい非常に硬質の長いブロンドヘアは、アンバランスで強烈な個性美となって私の目を釘付けにした。

私は当時のボーイフレンドにあれは誰かと尋ね、さっと人物を確認すると、彼女のメールアドレスを彼から聞き出してその日のうちにメールを書いた。私がいかに彼女の圧倒的な存在感と美に衝撃を受けたか、そこにいるだけで周りのものを魅了して視線を外すことが出来ない存在とは、どれだけインスパイアされるものか等々、連々と書き綴った。

メールを受け取った彼女は面喰らったに違いない。私も後から自分の書いた文を読み返して、思わずのけぞった。どう読み解いても、これでは熱烈な恋文である。

そして4年後の現在。私たちは素晴らしい友人関係を築き、今や一緒にプロジェクトを推進する仕事仲間でもある。ありがたいことだ。

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(Muse)

・・・じゃあ2日後に、とハグを交わして別れ、私はデッドラインが迫った企画書を夜の会食までに仕上げてしまおうと、カフェで集中する。

家に戻り、夜の外出の支度をしながらも、企画書の「てにをは」を直す。右手でキーボードを打ち、左手で口紅を引く。

夜道を歩きながらも草稿を読み返し、デザイナーとの会食場所へ。仕事続きのため今夜は飲まないと決めていたが、相手がお酒抜きでも十分過ぎるほどに楽しい相手なため、全く問題ではない。

ところが、このレストランのオーナーが食後にやって来て、私たちのテーブルに加わった。話が弾み始め、どうやら腰を据えて飲む雰囲気だ。

ついに彼はウェイターに、レストランで最も美味しいよく冷えたシャンパンを開けるように命じた。ああ、今夜も長くなりそうだ・・・。

コペンハーゲンというのは、お酒で人と人とが密になってゆく魔都だ、と書こうとしたが、何のことはない、日本だってそうだと気づく。ロシアも、ドイツも、フランスも、そしてイタリアだって。

8月某日(土)
朝。目が覚めると、左手に奇妙なものを握っていることに気づいた。何かの実のようで、3cmほどのポケット型をしており、表面に柔らかそうな和毛が生えている。レストランのオーナーにもらったものだと気づいた。

表皮にそっとナイフを入れて中の実を取り出し、それをトリュフのように薄く削って食べる。昨夜、レストランのオーナーがそうやって食べさせてくれた。芳ばしい香りがして、とても美味しい。何という名の実だったか、教えてもらったのにすっかり忘れてしまった。

午前中は、明日のショーのための買い出しに出て、午後は練習に当てる。雨でひんやりと肌寒く、久々に作ったホットココアで一息いれた。練習の合間、デヴィッド・リンチの映画のサントラを弾きちらす。

8月某日(日)
大晩餐会当日。この日は大雨で各地が浸水し、コペンハーゲンは大混乱の模様。この街は水に弱い。大きな被害が出なければいいけれど….。

ああ、それにしても、私のコンサートやショーのある日はいつもこうだ。

道が閉鎖され、大荷物を抱えた私は途方にくれて、タクシーを拾った。いつもの3倍時間がかかる。

会場のNikolaj Kunsthalは私のお気に入りのヴェニューで、初めて弾いたのは2年前のファッショウィーク中のショーでのことだ。

今夜のパフォーマンスアートを取り入れた大晩餐会は非常に人気で、もう1ヶ月前からチケットはソールドアウト。奇才アーティストたちが案を出し、技術者たちがそれを実現可能か討議し、ショーを形作ってゆく。

やがて数百人のゲストが到着し、大晩餐会は開会のベルとともに幕開いた。

ゲストたちは、会場の入り口で、まずはアダムとイヴのイヴに拝謁しなければならない。イヴはもちろん、生まれたままの姿である。首には生きた蛇を巻きつけている。

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(イヴとゲスト。Photo:Anika Lori

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(会場設営中の1枚。Photo: Anika Lori)

数百人のゲストで会場は埋め尽くされ、着式すると、テーブルには本日のメニューが。

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(メニュー  Photo: Anika Lori)

今回のショーでは私は演出せずとも良く、弾くことに専念する仕事だった。純粋に楽しむことが出来て、非常に愉快な一夜となった。ドラッグクイーンの友人との久々の再会があり、アーティストとの新たな出会いもあり、実りの多い経験。

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(司会進行のRamona。衣装この日のためにデザインされた特注のドレス)

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(Ramonaの狂乱の舞。Photo: Sigrun Gudbrandsdottir)

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(アーティスト、Anika Loriのビデオインスタレーションと共に)


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(霊媒師との体験。Photo: Anika Lori)

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(デザートをサーブされるゲストたち。エボラ出血熱の時事問題と絡めたプレゼン)

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(酩酊状態。見事な構成のショーだった。Photo: Sigrun Gudbrandsdottir )

9月に続く・・・

3 Comments

  • By anika lori, September 24, 2014 @ 17:12

    U are amazing! So proud to be part of the show with you.

  • By Eriko Makimura, September 25, 2014 @ 13:35

    Likewise here, Anika!!! And thank you very much for the photos! I will be back in CPH in November. It woud be great to see you again then!!!

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  1. Eriko Makimura » A Two Weeks in September, 2014 — September 25, 2014 @ 11:52

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